1. はじめに
遷移金属錯体は、金属イオンと配位子の結合により形成される化合物であり、化学的および物理的特性が非常に多様である。
これらの特性は、金属イオンの電子配置および不対電子の数に大きく依存する。
今回は、[CoF₆]³⁻、[Co(NH₃)₆]³⁺、[Mn(CN)₆]³⁻、[Ni(NH₃)₆]²⁺の4つの錯体について、電子配置と不対電子の数の違いを詳細に解説する。
2. [CoF₆]³⁻の電子配置と不対電子数
2.1 コバルト(III)の電子配置
[CoF₆]³⁻錯体の中心金属であるコバルト(Co)は、+3の酸化状態にある。
2.2 フルオリド配位子の影響
フルオリドイオン(F⁻)は弱い配位子場を形成するため、[CoF₆]³⁻は「高スピン」状態となる。
つまり、5つのd軌道に電子は最大限のスピンを保ったまま配置される。電子配置は次のようになる。
2.3 不対電子数
高スピン状態の[CoF₆]³⁻では、d軌道には4つの不対電子が存在する。
3. [Co(NH₃)₆]³⁺の電子配置と不対電子数
3.1 アンミン配位子の影響
[Co(NH₃)₆]³⁺は同じくCo³⁺を中心とするが、NH₃はフルオリドイオンよりも強い配位子場を形成するため、「低スピン」状態となる。
この場合、電子配置は次のようになる。
3.2 不対電子数
低スピン状態の[Co(NH₃)₆]³⁺では、すべてのd軌道がペアになっており、不対電子は存在しない(0個)。
4. [Mn(CN)₆]³⁻の電子配置と不対電子数
4.1 マンガン(III)の電子配置
[Mn(CN)₆]³⁻錯体の中心金属であるマンガン(Mn)は、+3の酸化状態にある。
4.2 シアン配位子の影響
シアンイオン(CN⁻)は非常に強い配位子場を形成するため、[Mn(CN)₆]³⁻は「低スピン」状態となる。この場合の電子配置は次のようになる。
4.3 不対電子数
[Mn(CN)₆]³⁻においても、低スピン状態のため、t2g軌道に4個の電子が入る。(2個)。
5. [Ni(NH₃)₆]²⁺の電子配置と不対電子数
5.1 ニッケル(II)の電子配置
[Ni(NH₃)₆]²⁺錯体の中心金属であるニッケル(Ni)は、+2の酸化状態にある。
5.2 アンミン配位子の影響
NH₃は中程度の配位子場を形成するため、[Ni(NH₃)₆]²⁺は「低スピン」状態となる可能性が高い。電子配置は次のようになる。
5.3 不対電子数
[Ni(NH₃)₆]²⁺では、d軌道には2つの不対電子が存在する。
6. 総括
これらの錯体の電子配置と不対電子の数は、中心金属イオンの酸化状態と、配位子の配位子場強度によって決定される。
高スピン・低スピンの違いが電子配置と不対電子の数に大きく影響を与え、これが化学的性質や磁気特性に関与する。
例えば、[CoF₆]³⁻は高スピンで4つの不対電子を持ち、[Co(NH₃)₆]³⁺は低スピンで不対電子がない。
他の金属錯体
以下に他の金属錯体の電子配置・不対電子・結晶場理論に関する記事をまとめる。
7. 練習問題
7.1 問題1
[Fe(CN)₆]⁴⁻の電子配置と不対電子数を求めよ。
7.2 問題2
[Cr(H₂O)₆]³⁺は高スピンか低スピンかを判断し、その理由を説明せよ。
7.3 問題3
[Cu(NH₃)₄]²⁺錯体のd軌道の電子配置を示せ。
7.4 問題4
高スピンと低スピンの違いがどのように磁性に影響するかを説明せよ。
7.5 問題5
[Zn(NH₃)₆]²⁺錯体に不対電子が存在しない理由を説明せよ。
8. 解答と解説
8.1 解答1
[Fe(CN)₆]⁴⁻はFe²⁺(d⁶)を含む強い配位子場の錯体であるため、低スピンとなり、電子配置はt2g6eg0。
不対電子は0個である。
8.2 解答2
[Cr(H₂O)₆]³⁺はH₂Oが弱い配位子であるため、高スピン錯体である。
電子配置はt2g3eg1
となり、不対電子は3個である。
8.3 解答3
[Cu(NH₃)₄]²⁺はCu²⁺(d⁹)を含む錯体であり、電子配置はt2g6eg3
となる。不対電子は1個である。
8.4 解答4
高スピン状態では不対電子が多く、常磁性を示しやすい。一方、低スピン状態では不対電子が少ないか存在せず、反磁性を示すことが多い。
8.5 解答5
Zn²⁺はd¹⁰であり、すべてのd軌道が電子で満たされているため、不対電子は存在しない。