錯体の色の違いの背景
錯体とは、中心金属イオンに配位子が結合した化合物である。
これらの錯体は、その電子構造や配位子の種類に応じて多様な色を示すことがある。
特に、銅を含む錯体である[Cu(NH3)4]2+と[Cu(NH3)4]+は、それぞれ濃い青色と無色を示す。
この色の違いは、錯体の電子構造および遷移に起因するものである。
銅錯体の電子配置
Cu(I)
一方、[Cu(NH3)4]+は銅(I)イオン(Cu^+)を中心に持つ錯体で、電子配置は[Ar]3d10である。
この錯体でも、銅イオンは同様にアンモニア分子4つと配位しているが、電子配置が異なるため、異なる光学特性を示す。
Cu(II)
[Cu(NH3)4]2+は銅(II)イオン(Cu^2+)を中心に持つ錯体であり、銅イオンの電子配置は[Ar]3d9である。
この錯体では、銅イオンがアンモニア分子(NH3)4つと配位している。銅(II)イオンの3d軌道には9個の電子が存在し、このうち一部がd-d遷移に関与する。
d-d遷移と色の発現
Cu(II)錯体におけるd-d遷移
[Cu(NH3)4]2+の濃い青色は、d-d遷移と呼ばれる現象に起因する。
銅(II)イオンの3d軌道には9個の電子があり、配位子場理論によれば、この電子がエネルギーを吸収して異なるd軌道に遷移することができる。
この遷移は可視光領域の特定の波長の光を吸収し、残りの光が透過または反射されることで色として観察される。
具体的には、[Cu(NH3)4]2+は赤橙色の光を吸収し、その補色である青色を発現する。
Cu(I)錯体における遷移の抑制
一方、[Cu(NH3)4]+はCu+を含み、電子配置は3d10である。
d軌道は完全に満たされているため、d-d遷移が起こらない。したがって、可視光を吸収せず、無色となる。
これは、d軌道間の遷移が不可能なためである。
配位子場分裂の影響
配位子場理論
配位子場理論において、中心金属イオンのd軌道は配位子の電場によってエネルギー的に分裂する。
この分裂の程度は、配位子の種類と結合の強さに依存する。
アンモニアは中程度の配位子であり、適度な分裂を引き起こす。
配位子場分裂の具体例
[Cu(NH3)4]2+の場合、配位子場分裂によってd軌道がエネルギー的に分離し、適度なエネルギー差が生じる。
これにより、可視光の吸収が可能となる。対照的に、[Cu(NH3)4]+では、d軌道が完全に満たされているため、この分裂が光学的に顕著な影響を及ぼさない。
まとめ
[Cu(NH3)4]2+と[Cu(NH3)4]+の色の違いは、主に中心金属イオンの酸化状態とそれに伴う電子配置の違いによるものである。
Cu(II)イオンを含む[Cu(NH3)4]2+は、d-d遷移による可視光の吸収とその補色の発現により濃い青色を示す。
一方、Cu(I)イオンを含む[Cu(NH3)4]+は、電子配置が完全に満たされているため、d-d遷移が起こらず無色である。
この現象は、配位子場理論に基づいて説明される。
簡易な練習問題
- [Cu(NH3)4]2+が青色を示す理由を説明せよ。
- [Cu(NH3)4]+が無色である理由を説明せよ。
- 配位子場理論に基づいて、d-d遷移の起こる条件を説明せよ。
- Cu(II)とCu(I)の電子配置をそれぞれ示せ。
- 錯体の色に影響を与える他の要因を挙げ、それについて説明せよ。
問題の解説と解答
- [Cu(NH3)4]2+が青色を示すのは、d-d遷移による可視光の特定波長の吸収とその補色の発現によるものである。
- [Cu(NH3)4]+が無色であるのは、Cu+のd軌道が完全に満たされているため、d-d遷移が起こらず可視光を吸収しないからである。
- d-d遷移が起こる条件は、中心金属イオンのd軌道が部分的に満たされており、配位子場分裂によるエネルギー差が可視光領域内にあることである。
- Cu(II)の電子配置は[Ar]3d9、Cu(I)の電子配置は[Ar]3d10である。
- 錯体の色に影響を与える他の要因として、配位子の種類、配位子場分裂の大きさ、溶液のpHなどが挙げられる。