高分子溶液の粘度と分子量の関係:Staudingerの発見とMark-Houwink-櫻田の式

高分子化学の歴史において、カール・シュタウディンガー(Hermann Staudinger)は、高分子が多くのモノマーからなる長鎖構造を持つという「高分子説」を提唱し、1930年代にその理論を実証した。

この発見は、粘度測定を用いて高分子の分子量を算出できるという画期的な方法論に基づいており、現在も「Mark-Houwink-櫻田の式」として化学や材料工学の分野で広く応用されている。

本記事では、Staudingerの発見とMark-Houwink-櫻田の式の具体的な内容と、その実用的な意義について解説する。

Staudingerの発見と高分子説

高分子溶液の粘度測定と分子量の関係

Staudingerは、溶液中における高分子の存在形態に注目し、溶液の粘度と高分子の分子量に相関関係があることを1930年代に発見した。

具体的には、溶液の粘度測定を通じて、高分子が一定の濃度であれば、その比粘度(relative viscosity)が分子量に比例するという粘度則(viscosity law)を提案したのである。

彼は高分子を「棒状分子」としてモデル化し、溶液中の比粘度と分子量が関係づけられる式を示した。

Staudingerの当初の式は次の形で表される:

ここで、ηsp​は比粘度、cは高分子の濃度、そしてMは分子量である。この関係式は、高分子の溶液中の動作を理解する上で基礎的な役割を果たし、分子量を算出するための実験手法の基盤となった。

高分子説の確立とその意義

Staudingerの高分子説は、分子が多数のモノマー単位から構成される「ポリマー」であることを示し、特に有機高分子が結合して長鎖構造を形成しているという構造の理解を深めた。

この発見は、プラスチックやゴムなどの高分子材料の性質解明や合成に大きな影響を与えた。

Mark-Houwink-櫻田の式の導入

Staudingerの粘度則は後に改良され、1950年代にMark-Houwinkおよび櫻田(Sakurada)によって、分子量と粘度のより精確な関係式が導かれた。

これが「Mark-Houwink-櫻田の式」であり、高分子化学や材料研究で標準的に用いられる関係式である。

Mark-Houwink-櫻田の式の定義

Mark-Houwink-櫻田の式は、溶液の極限粘度数(固有粘度とも呼ばれる)と分子量との間に次の関係を示している:

ここで、各項の意味は以下の通りである。

  • [η] : 極限粘度数(固有粘度、Intrinsic Viscosity)
  • Mv : 粘度平均分子量
  • K と a : 定数(それぞれ、溶媒と高分子の種類に依存)

この式は、極限粘度数が分子量の関数であり、定数 K と指数 a がそれぞれの溶液条件によって異なることを示している。

この式によって、既知のKとaの値を用いれば、粘度測定の結果から分子量を計算することができる。

極限粘度数 [η] の求め方

極限粘度数 [η] は、高分子溶液の濃度が無限に薄い時の比粘度(ηsp​)と定義されるため、次のように表される:

一般に、測定された比粘度と濃度の関係から外挿法を用いてこの極限粘度数を求める。極限粘度数は溶液中での高分子の形態や運動性の影響を反映するため、分子構造や分子間相互作用を把握する上で重要なパラメータとなる。

Mark-Houwink-櫻田の式における K と a の役割

定数 K と指数 a の物理的意味

Mark-Houwink-櫻田の式の中で、定数 K と指数 a は、溶媒の種類や高分子の構造に依存するパラメータである。これらの値は、実験によって測定される必要があり、高分子の種類や測定する温度などによっても異なる。

  • K : 溶媒と高分子の相互作用の強さを反映する定数
  • a : 高分子の形態(球状やコイル状など)や溶媒との相互作用によって決まる指数

例えば、分子が溶液中で球状にふるまう場合、指数 a は 0.5 程度であることが多い。一方、分子が伸びたコイル状である場合には、a は 0.8 から 1.0 ほどになる傾向がある。

このため、K と a の組み合わせによって、特定の高分子溶液の性質を予測したり理解したりすることが可能である。

実用例と応用

高分子材料の分子量測定

Mark-Houwink-櫻田の式は、実験的に粘度を測定することで分子量を推定するため、工業分野で頻繁に使用されている。

具体的には、ナイロンやポリエチレンなどの分子量を効率的に算出するための標準的手法として利用され、高分子材料の品質管理や合成時の最適化にも応用されている。

高分子溶液の粘度特性の設計

また、溶媒の種類や高分子構造を調整することで、粘度特性を最適化することも可能である。たとえば、医薬品のドラッグデリバリーシステムや食品工業での粘度調整など、様々な分野で高分子溶液の性質を制御する目的で応用されている。

練習問題

問題 1

次の式で表されるMark-Houwink-櫻田の式において、極限粘度数が1.2 dL/g、定数 K=1.5×10−4、指数 a=0.7のとき、粘度平均分子量 Mvを求めよ。

[η]=K⋅Mva

解答

1.2=1.5×10−4×Mv0.7

両辺を 1.5×10−4 で割り、0.7乗の逆数を取ることで Mv を解く。


問題 2

Staudingerの粘度則に従う溶液で、比粘度 ηsp​​ が0.8、濃度 c=0.1 g/dL のとき、比粘度を濃度で割った値はどうなるか。

解答

ηsp​/C = 0.8/0.1 = 8


問題 3

極限粘度数 [η] を求める際、濃度が無限に薄くなる条件とはどういう意味か。また、この条件を満たすための方法を説明せよ。

解答

濃度が無限に薄くなるとは、溶液の濃度を限りなく小さくすることである。