固体表面の濡れ性に関するウェンゼル理論とカシー・バクスター理論の解説

固体表面の濡れ性(接触角)は、表面の構造や性質によって大きく影響を受ける。特に、固体表面が凹凸を持つ場合、その濡れ性は平滑な表面とは異なる理論で説明される。

ここでは、表面の粗さや複合構造が接触角に与える影響をモデル化したウェンゼル理論とカシー・バクスター理論について解説する。また、それぞれの理論が適用できる植物の葉の例として、蓮の葉とアサガオの葉を取り上げる。

1. ウェンゼル理論(Wenzel's Theory)

ウェンゼル理論の基礎と接触角の式

ウェンゼル理論は、固体表面に凹凸がある場合に濡れ性がどのように変化するかを説明する理論である。表面の凹凸により実際の表面積が増加することから、濡れ性にも変化が生じる。

このとき、表面の粗さを表すパラメータを粗さ因子rで表す。粗さ因子は実際の表面積と見かけの表面積の比であり、平滑面ではr=1だが、凹凸があるとr>1となる。

ウェンゼル理論によれば、凹凸がある表面の見かけの接触角(θ′)は次の式で表される。

ここで

  • θ:凹凸のない平滑面における接触角
  • r:粗さ因子(r>1)

この式により、表面が粗くなるほど接触角の変化が強調される。

具体的には、

親水性表面(cos⁡θ>0)では接触角がより小さく、

疎水性表面(cos⁡θ<0)では接触角がより大きくなる。

模式図

ウェンゼル理論における接触角の模式図は、凹凸を持つ表面に水滴が密着し、表面全体に濡れ広がる状態を示す。水滴は凹凸の隅々まで浸透するため、実質的な接触角が変化する。

ウェンゼル理論が適用される植物の例:アサガオの葉

アサガオの葉は、表面に小さな凹凸構造を持っている。この凹凸構造により、葉表面の実質的な表面積が増え、濡れ性が強調される。アサガオの葉の表面は一般的に親水性であるため、表面が濡れると水が葉全体に広がりやすくなる。

ウェンゼル理論に基づくと、このような親水性表面では接触角がさらに低くなる。


2. カシー・バクスター理論(Cassie-Baxter's Theory)

カシー・バクスター理論の基礎と接触角の式

カシー・バクスター理論は、固体表面が複数の成分(例えば固体と空気)で構成される場合の接触角をモデル化する。この理論は、凹凸構造の凹部に水が浸入せず、空気が残留している状況を仮定する。こうした構造では、表面が完全に濡れないため、見かけの接触角が変化する。

カシー・バクスター理論に基づく接触角(θCB​)は次の式で表される。

cos⁡θCB=XAcos⁡θA+Xaircos⁡θair

ここで

  • XA​:固体成分Aが表面に占める割合
  • Xair​:空気が表面に占める割合(Xair=1−XA
  • θA​:固体成分Aに対する接触角
  • θair:空気に対する接触角(θair=180°で、cos⁡θair=−1)

カシー・バクスター理論の下では、凹部に空気が保持されることで水滴の接触角が増大し、表面は超撥水性を示すようになる。

模式図

カシー・バクスター理論の模式図では、表面の凹部に空気が残り、水滴は固体表面と部分的にのみ接触する。このため、全体として接触角が大きくなり、撥水性が強調される。

カシー・バクスター理論が適用される植物の例:蓮の葉

蓮の葉は、その表面に微細な凹凸とワックス質の構造を持つ。水滴が蓮の葉に接触すると、凹部には空気が保持され、水滴は葉の表面にほとんど接触せずに球状を維持する。

このため、接触角が150°を超える超撥水性が観察される。カシー・バクスター理論により、この撥水性が空気と固体の複合表面によるものであることが説明できる。


3. ウェンゼル理論とカシー・バクスター理論の比較

理論前提接触角の特徴適用例
ウェンゼル理論表面の凹凸が水に完全に浸透する親水性表面では接触角が小さく、疎水性表面では接触角が大きくなるアサガオの葉
カシー・バクスター理論凹部に空気が残留し、複合表面を形成接触角が大きくなり、超撥水性を示す蓮の葉

4. 練習問題

問題1

ウェンゼル理論に基づいて、平滑面の接触角が30°である場合、粗さ因子が2のときの見かけの接触角を求めよ。

解説と解答

ウェンゼル理論の式を使用する。

cos⁡θ′=rcos⁡θ

cos⁡θ′=2⋅cos⁡30°=2⋅0.866=1.732

見かけの接触角θ′が存在しないため、この場合は水が完全に広がると考えられる。


問題2

カシー・バクスター理論において、成分Aが70%、空気が30%の混合表面の場合、成分Aの接触角が100°であれば、見かけの接触角を求めよ。

解説と解答

cos⁡θCB=XAcos⁡θA+Xaircos⁡θair

cos⁡θCB = 0.7cos⁡100∘+0.3⋅(−1)

cos⁡θCB = 0.7⋅(−0.1736)−0.3=−0.42152

⁡θCB ≈ 115°


問題3

ウェンゼル理論とカシー・バクスター理論の違いについて、適用される植物の例を挙げて説明せよ。

解説と解答

ウェンゼル理論は表面の凹凸全体が水に接触する場合に適用され、アサガオの葉の濡れ性に該当する。カシー・バクスター理論は凹部に空気が残る場合に適用され、蓮の葉が超撥水性を示す理由が説明できる。