
排除体積効果とは何か
高分子物理における重要な概念の一つとして「排除体積効果」が挙げられる。これは、高分子鎖の回転半径(すなわち〈S²〉¹ᐟ²)が高分子鎖の立体構造を特徴づけるうえで極めて重要な物理量であるという前提に基づいて論じられるものである。
Flory指数とその理論的背景
高分子溶液中において、回転半径〈S²〉¹ᐟ²は高分子鎖に沿って離れたモノマー同士の平均的な距離を示す量であるが、Floryの理論によれば、これは単なるガウス鎖モデルでは説明が不十分である。
なぜなら、現実の高分子ではモノマー同士が空間的に重なり合わないという空間的制約、すなわち「排除体積効果(excluded volume effect)」が作用するからである。
この排除体積効果は、高分子鎖内部における短距離の反発的な相互作用が原因であり、ある一つの繰り返し単位が占める空間に他の単位が入り込まない、すなわち空間的な自己避避(self-avoiding walk)を意味する。
排除体積と2体クラスター積分β
排除体積の効果は、物理的にはポテンシャルエネルギー関数𝑢(𝑟)に基づく2体間相互作用として定義され、以下のように「2体クラスター積分(β)」で定式化される。
β = ∫∫[1 − exp{−u(r)/k₈T}]dr = 4π∫₀^∞[1 − exp{−u(r)/k₈T}]r²dr …(1)
ここで、k₈Tはボルツマン定数と絶対温度の積を表す。良溶媒中ではβは正の値を取り、排除体積効果が顕著に現れる。これにより、回転半径〈S²〉は重合度𝑥に対して以下のようなべき乗関係に従うことが示される。
limₓ→∞〈S²〉∝x¹.² …(2)
このべき指数1.2はFlory指数と呼ばれ、高分子物理における重要な指標である。
貧溶媒における例外的挙動とΘ状態
一方で、貧溶媒中ではβの値がゼロに近づき、排除体積効果がキャンセルされる。これは、ある特定の温度(Θ温度)または特定の状態(Θ状態)において生じ、鎖が理想ガウス鎖と同様の振る舞いを見せる。
この状態では排除体積が相殺されるため、Floryの1.2指数ではなく、回転半径は𝑥¹ᐟ²に比例する単純なガウス鎖モデルが適用可能となる。
回転半径膨張因子αₛの導入
排除体積効果を受けた状態と、Θ状態との比較を行うために導入される指標が「回転半径膨張因子αₛ」である。これは、以下のように定義される。
αₛ = (〈S²〉¹ᐟ² / 〈S²〉₀¹ᐟ²) …(3)
ここで〈S²〉₀¹ᐟ²はΘ状態における回転半径を指す。すなわちαₛは、高分子が溶媒中でどれだけ膨張しているかを示す物理量であり、重合度𝑥が十分に大きい領域においては、
αₛ ∝ x⁰.¹ …(4)
という近似的関係式が成り立つ。
まとめと展望
本節では、高分子鎖の空間的広がりを理解するうえで不可欠な「排除体積効果」について理論的に詳述した。
Flory指数、2体クラスター積分β、回転半径膨張因子αₛといった各種パラメータは、高分子鎖の振る舞いを微視的レベルから定量的に解析するうえで不可欠なツールである。
