
水が凍るときの“膨張”が引き起こす大問題
水は多くの物質と異なり、凍ると体積が増加するという特異な性質を持っている。これは水分子が氷になる際、六角形の結晶構造をとるため、分子間に空間ができ、全体の体積が増えるためである。
このため、寒冷地では水道管やラジエーターが凍結破裂する事例が多発する。実際、氷の密度は0.917 g/cm³であり、液体の水(1.000 g/cm³)よりも小さい。これが氷が水に浮く理由でもあるが、同時に機械構造にとっては破壊的な性質となり得る。
自動車エンジンと冷却水:なぜ水だけではダメなのか?
自動車エンジンでは、エネルギーの大部分が熱として失われるため、効率的な冷却が不可欠である。
ほとんどのエンジンは冷却水を使っており、水と冷却器を循環させて熱を逃がす仕組みが採用されている。
しかし、水だけでは以下の問題がある。
- 低温環境下で凍結し、配管やエンジンが破損する
- 高温で沸騰しやすく、冷却性能が不安定になる
- 金属部品を腐食させやすい
そこで登場するのが、「不凍液」である。
不凍液とは?──その定義と機能
不凍液とは、以下の三つの条件を満たす水溶液である。
- 低温でも凍結しないこと
- エンジン冷却のための液体として使用できる性質を持つこと
- エンジンの温度域(約80~100 °C)でも沸騰しないこと
要するに、不凍液は「水の弱点を補完する多機能液体」といえる。
凍結点降下の科学:水はなぜ混ぜると凍りにくくなるのか?
水に他の物質を溶かすと、凍る温度が下がる現象を**「凝固点降下」**と呼ぶ。これはコラート効果の一種で、溶質が水分子の整列を妨げ、氷の結晶が形成されにくくなるためである。
たとえば、食塩水もこの原理で凍結点が下がる。海水の凍結点が0 °Cではなく約−2 °Cであるのもこのためである。
ただし、食塩などの無機物では、腐食性が高く、自動車エンジンには適さない。
エチレングリコール:不凍液の主成分の驚くべき特徴
不凍液として最も多く使われている物質がエチレングリコール(ethylene glycol)である。以下のような化学構造を持つ

豆知識①:エチレングリコールはアルコールの仲間?
その通りである。エチレングリコールは二価アルコールであり、「ジオール」とも呼ばれる。2つの−OH基(ヒドロキシル基)を持っており、水と非常によく混ざる。
豆知識②:なぜ水とよく混ざるのか?
エチレングリコールは、水素結合を二箇所で形成できるため、水分子と強い相互作用を示す。これは一般的なアルコール(例:エタノール)の約2倍の水素結合能力である。
豆知識③:沸点はどれくらい高い?
なんと、エチレングリコールの沸点は198 °Cにも達する。これはエンジン内部の高温環境でも蒸発しにくいという利点を意味する。
不凍液の組成:エチレングリコールだけではない!
エチレングリコールと水を混ぜることで凍結を防げるが、それだけでは完璧な冷却液とはならない。実際の不凍液には、以下のような添加剤が含まれている。
- 防錆剤:鉄・アルミ・銅などの金属を腐食から守る
- 消泡剤:泡立ちを防ぎ、冷却性能を安定させる
- pH調整剤:アルカリ性に保ち、腐食を防止
- 漏れ防止剤:微細なひび割れをふさぎ、水漏れを防ぐ
- 殺菌剤:微生物の繁殖を防ぎ、スライム状の汚れを予防
豆知識④:不凍液の寿命はある?
ある。不凍液は1〜2年で性能が劣化する。添加剤が酸化したり、沈殿したりするためである。よって、定期的な交換が推奨されている。
不凍液の濃度と凍結温度の関係
濃度が高いほど凍結温度は低くなる。以下は目安である。
エチレングリコール濃度 | 凍結温度(約) |
---|---|
30% | −15 °C |
40% | −24 °C |
50%(推奨値) | −35 °C |
60% | −48 °C |
しかし、濃すぎると粘度が上がり、ポンプ負荷が増大するため、50%前後が最適とされている。
実際の用途と環境への配慮
エチレングリコールは優れた不凍液成分であるが、毒性があるため取り扱いには注意が必要である。甘い味を持つため、誤飲事故も少なくない。ペットや子供のいる家庭では特に注意すべきである。
近年では、より安全な代替物質としてプロピレングリコール(PG)が使われることも増えてきている。これは食品添加物にも使用されるほど低毒性である。
結論:不凍液は、科学と実用が融合した液体である
不凍液は単なる水の代替ではなく、エチレングリコールを中心とした多成分機能性液体である。水の凝固・膨張という自然現象に対抗し、冷却・防錆・防腐・耐久を同時に担うその姿は、まさに化学と工学の結晶といえる。
適切な濃度で使用し、定期的に交換することで、自動車エンジンの安全性と長寿命化を実現できる。