
全原子分子動力学(MD)計算とは何か
全原子分子動力学(Molecular Dynamics、MD)計算は、構成するすべての原子に対してニュートンの運動方程式を適用し、それを数値的に解くことにより、原子や分子の運動を時間発展としてシミュレートする手法である。
ニュートン方程式を基盤とする運動の記述
運動方程式の基本構造
原子に作用する力は、以下の式(1)により表現される:
Fᵢ = mᵢaᵢ = mᵢ(d²rᵢ/dt²) (1)
この式は、原子𝑖にかかる力𝐹ᵢを表し、𝑚ᵢはその原子の質量、𝑎ᵢは加速度を示す。右辺のd²rᵢ/dt²は、原子𝑖の座標𝑟ᵢについて時間の2階微分を取ったものであり、すなわち加速度を意味する。
これは古典力学の基本原理に基づく記述である。
ポテンシャル関数に基づく力の導出
原子に働く力𝐹ᵢは、ポテンシャルエネルギー関数𝑉を原子𝑖の座標𝑟ᵢについて勾配(∇)を取ることで導出される:
Fᵢ = −∇ᵢV (2)
この式(2)は、エネルギー最小化の原理に基づき、ポテンシャルが変化する方向に力が働くことを意味している。
ポテンシャル𝑉の選定は、シミュレーション対象とする系の物理的・化学的特徴を忠実に再現するうえで極めて重要である。
力場の設計と相互作用の取り込み
力場における代表的な相互作用
全原子MD計算では、以下のような代表的な相互作用をポテンシャル𝑉の関数形として取り入れる:
- Lennard-Jones相互作用:原子間の短距離斥力と長距離引力を表す。
- Coulomb相互作用:電荷を持つ粒子間の静電相互作用を記述。
- 化学結合・結合角・二面角:分子内部の構造的安定性を担保するための結合様式を含む。
これらを適切に組み合わせることで、実在の分子系を忠実に模倣する力場が構築される。
シミュレーションから得られる情報と応用可能性
時間発展から導かれる軌跡情報
前述の運動方程式(1)を数値的に解くことで、原子一つ一つの時間ごとの軌跡情報が得られる。これにより、以下のような物理的性質を理論的に解析することが可能となる:
- 原子の拡散挙動
- 分子内の構造変化
- 分子間相互作用の動的な変化
自由エネルギーおよび分光応答の予測
得られた軌跡とポテンシャルエネルギーをもとに統計力学的解析を行うことで、自由エネルギーの評価や赤外吸収スペクトルなどの予測も可能である。これにより、実験との整合性を検証することや、新規材料・分子の設計指針を与えることができる。
まとめ
全原子分子動力学計算は、ミクロな粒子の運動を時間的に追跡することで、マクロな物理的・化学的性質を理論的に導出するための強力な手法である。ニュートンの運動方程式を基盤とし、ポテンシャルエネルギーの構築によってシミュレーションの精度が大きく左右される。得られたデータを解析することで、材料設計や分光学的解析など多岐にわたる応用が展開可能である。
