分子鎖の形と大きさ:自由連結鎖モデルによる解析と数理的表現

はじめに:分子鎖の構造理解の重要性

分子の構造は、その物理化学的性質を左右する最も根本的な要素の一つである。特に高分子化合物においては、分子鎖の形や大きさが溶解性、粘度、反応性などに直接関わるため、その解析は極めて重要である。

本記事では、自由連結鎖(freely-jointed chain)モデルに基づき、分子鎖の形と大きさに関する基本的な数理モデルとその導出過程を詳述する。

ボンドベクトルと両末端間ベクトルの導入

主鎖炭素原子とボンドベクトルの定義

記号の設定とベクトルの導出

図2.3に示されるように、主鎖を構成する炭素原子を順に C1,C2,...,Cn,Cn+1とし、各炭素原子 Ci​ から次の炭素原子 Ci+1​ に向かう結合方向のベクトルを bi と記す。このベクトルはボンドベクトル(bond vector)と呼ばれ、分子構造の幾何学的記述における基礎単位となる。

このとき、分子鎖の両末端間を結ぶベクトル r は、すべてのボンドベクトルの総和として次のように表される。

これは、始点 C1 から終点 Cn+1​ までの位置ベクトル差を表現している。

二乗平均両末端距離の導出

スカラー量としての評価

二乗平均の数式展開

分子鎖の物理的大きさを評価する上で重要なのは、ベクトル量 r\mathbf{r}r 自体ではなく、その二乗平均値すなわち ⟨r2⟩ である。ここで角括弧は統計的平均を意味する。

先程の式を基に以下のように展開される。

この式は、ベクトルの内積を用いた展開であり、分子構造の統計的評価の基礎となる。仮にすべてのボンドベクトルが同じ長さ bbb を持つと仮定すると、

また、ボンドベクトル間の統計的相関が等価であるとすると、次式が得られる。

自由連結鎖モデルの適用

自由連結鎖の前提条件と数理的特徴

結合角の自由性とベクトル内積の性質

ここで導入される「自由連結鎖(freely-jointed chain)」とは、隣接するボンドベクトル間のなす角度が完全に自由、すなわち統計的に無相関であると仮定された理想的な分子モデルである。このモデルでは、各ボンドベクトル間のなす角度 θijを任意とし、

cos⁡θij=0(すなわち θij=90

すなわちボンドベクトル間に相関が存在しないとする。この前提のもとでは、ベクトルの内積に関する期待値はゼロとなり、式の第2項は消失する。これにより、以下のように単純化された結果が得られる。

意味するところ:両末端距離のスケーリング則

分子長と距離の二乗平均の関係

この結果は、平均二乗両末端距離 ⟨r2⟩ がボンドの本数 nnn に比例することを意味し、自由連結鎖モデルの最も基本的かつ重要なスケーリング則である。

この比例関係は、ランダムウォークと類似した性質を示し、高分子物理における多くの理論的枠組みの基礎となる。


本記事では、ボンドベクトルの概念から始まり、統計的評価に基づく両末端距離の導出、さらに自由連結鎖モデルに基づく簡易化の過程を丁寧に解説した。これにより、分子鎖の構造解析における数理的枠組みの理解がより深まることを期待する。

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