高分子材料の結晶弾性率は、材料の剛性や変形特性を決定する重要な指標である。イソタクチックポリプロピレン(iPP)とポリエチレン(PE)の結晶弾性率を比較すると、PEが235 GPaと非常に高い一方で、iPPは34 GPaにとどまる。この違いは、両者の分子鎖のコンホメーション(立体構造)の違いに基づくものである。以下では、各高分子の分子鎖のコンホメーションと、それが結晶弾性率に与える影響について詳しく説明する。
イソタクチックポリプロピレンとポリエチレンの分子鎖構造の違い
イソタクチックポリプロピレンのらせん構造
イソタクチックポリプロピレンは、3/1らせん構造を持つ。この構造では、プロピレン単位が3つごとに一回転して分子鎖がねじれた形状となる。プロピレン単位が連続することで、らせん状のコンホメーションが形成され、分子鎖は比較的柔軟な構造を取る。これにより、応力が加わるとらせんのピッチ(らせん構造のねじれ具合)が変化し、分子鎖の形状が比較的容易に変形する特性が生まれる。
ポリエチレンの平面ジグザグ構造
一方、ポリエチレンは平面ジグザグ構造をとる。これは、エチレン単位が直線状に並んで強固な形を取る構造であり、分子鎖が非常に剛直である。この構造においては、分子鎖の炭素-炭素結合が結晶格子に対して一直線に並ぶため、結晶構造が非常に密に詰まっている。このため、ポリエチレンの分子鎖は応力に対して高い抵抗力を持ち、非常に高い結晶弾性率を示す。
結晶弾性率に影響を与える構造的要因
結合角と結合長の変化に対する抵抗
ポリエチレンの結晶弾性率が高い理由のひとつは、分子鎖が持つ結合の角度や結合長の変化に対する抵抗力である。ポリエチレンの平面ジグザグ構造においては、主鎖の炭素-炭素単結合と炭素-水素結合の結合角および結合長の変化に対する抵抗力が非常に大きく、分子鎖全体が剛直である。これにより、外力に対して分子鎖が変形しにくく、結晶弾性率が高くなる。
内部回転の自由度と弾性率への影響
イソタクチックポリプロピレンは3/1らせん構造を取るため、分子鎖の単結合まわりの内部回転が比較的自由であり、外力が加わった際に二面角(分子の平面間の角度)を大きく変化させることができる。この内部回転により、分子鎖が柔軟に変形しやすくなり、弾性率が低くなる要因となる。この構造的自由度が高いため、外力に対してらせん構造が弾性的に伸縮するが、この伸縮にはさほど強い力が必要とされないため、弾性率は低く抑えられる。
分子鎖の断面積の影響
さらに、らせん構造を持つイソタクチックポリプロピレンは、ポリエチレンと比べて分子鎖1本あたりの断面積が大きくなる。これは、らせん構造のため分子鎖がより空間をとるためであり、応力を受けた際の全体的な剛性が低くなる一因となる。断面積が大きいと、応力に対して広い面積で受け止めることができ、結果として弾性率が低下する。
イソタクチックポリプロピレンとポリエチレンの結晶弾性率の比較
応力下での構造変形
ポリエチレンの平面ジグザグ構造は、応力が加わると結合長や結合角の変化がわずかに生じるが、これらの変化には大きなエネルギーが必要であるため、全体として分子鎖は剛性を保つ。一方で、イソタクチックポリプロピレンはらせん構造のピッチが変化しやすく、内部回転も生じやすいため、応力によって変形しやすい。この違いが、ポリエチレンに比べてiPPの結晶弾性率が低い理由である。
力の定数と弾性率
分子鎖の剛性に影響を与えるもう一つの要因が、分子の「力の定数」の違いである。ポリエチレンの平面ジグザグ構造における炭素-炭素結合は力の定数が大きいため、結合の伸び縮みや曲げ変形に対して高い抵抗力を示す。一方、イソタクチックポリプロピレンのらせん構造では、ピッチの変化や内部回転の自由度が高く、力の定数が小さい。したがって、より低い外力で構造変形が生じ、結晶弾性率が低くなる。
練習問題
問題1
イソタクチックポリプロピレンの分子鎖がらせん構造をとることで、結晶弾性率が低くなる主な理由は何か。次の選択肢から選べ。
- 結合長が変化しにくいため
- 内部回転による柔軟性が高いため
- 炭素-炭素結合の力の定数が大きいため
- 分子鎖が平面ジグザグ構造をとるため
解答: 2. 内部回転による柔軟性が高いため
解説: イソタクチックポリプロピレンは内部回転によって変形しやすく、これが結晶弾性率を低くしている。
問題2
ポリエチレンの分子鎖が高い結晶弾性率を示す理由として正しいのはどれか。
- らせん構造のため、分子鎖が変形しやすい
- 平面ジグザグ構造のため、分子鎖が剛直である
- 内部回転が自由なため
- 分子鎖の断面積が大きいため
解答: 2. 平面ジグザグ構造のため、分子鎖が剛直である
解説: ポリエチレンは平面ジグザグ構造で分子鎖が剛直なため、結晶弾性率が高い。
問題3
イソタクチックポリプロピレンの結晶弾性率がポリエチレンより低い要因として誤っているものはどれか。
- らせん構造のピッチが変化しやすい
- 分子鎖の内部回転の自由度が高い
- 分子鎖の平面ジグザグ構造のため剛直である
- 分子鎖の断面積が大きい
解答: 3. 分子鎖の平面ジグザグ構造のため剛直である
解説: イソタクチックポリプロピレンはらせん構造で柔軟性が高く、ポリエチレンとは異なるため、これは誤りである。