スチレンモノマーとメタクリル酸メチルモノマーは、どのような組成でも均一に混ざり合う性質を持つ。しかし、これらが高分子の形、すなわちポリスチレンとポリメタクリル酸メチルになると、互いに混ざり合わなくなる。この現象は、混合エンタルピーおよび混合エントロピーの変化に基づいて理解できる。
本記事では、低分子と高分子における混合の熱力学的な違いについて解説し、フローリー・ハギンス理論を用いてその背後にある相互作用パラメータについても詳述する。
低分子の混合におけるエンタルピーとエントロピーの効果
低分子の混合とエントロピー増大
低分子同士の混合においては、混合エントロピーが大きな増加を示す。これは、低分子の個々の分子が持つ配置数が混合によって急増するためであり、配置エントロピーの増加が全体の自由エネルギーを低下させる要因となる。したがって、エンタルピー変化がゼロもしくは正(吸熱的)であっても、エントロピー増加が支配的になることで、混合が熱力学的に有利となり、均一に混ざり合う。
低分子の混合エンタルピーの影響
エンタルピーの観点では、低分子同士の混合において分子間の相互作用(例えば、分子間力やファンデルワールス力)が弱い場合でも、エントロピーの増加が混合の駆動力となる。もし混合エンタルピーが負であれば発熱的な混合となり、さらに混合が自発的に進行しやすくなる。
高分子の混合におけるエンタルピーとエントロピーの特性
高分子におけるエントロピー増大の制限
一方、高分子どうしの混合においては、エントロピー増加の程度が低分子と比較して著しく小さい。高分子は長い繰り返し単位を持つため、混合によって生じるコンホメーションの自由度が制限され、全体のエントロピー増加は小さくなる。このため、混合がエントロピー増加によって進行することは難しくなる。
高分子の混合エンタルピーと相互作用の必要性
また、エンタルピー変化が正(吸熱的)である場合、高分子間に特別な相互作用がなければ混合が起こりにくい。たとえば、高分子間での酸・塩基相互作用、水素結合や配位結合などが発生し、エンタルピーが負になる(発熱的)場合には、混合が進行することがある。このような特別な相互作用がなければ、高分子間の混合は困難である。
フローリー・ハギンス理論による定量的説明
フローリー・ハギンスの相互作用パラメータχ
フローリー・ハギンス理論は、高分子溶液の熱力学的性質を説明するモデルであり、特に高分子の相互作用をパラメータχで表現する。この相互作用パラメータχは、2種の高分子間の相互作用エネルギーを評価し、混合が進むか否かを定量的に示す指標である。χの値が十分に小さい場合、高分子間の相互作用が安定し、混合が可能であることを示す。一方で、χが大きい場合、高分子間の相互作用が不安定となり、分離する傾向が強まる。
フローリー・ハギンス理論に基づく自由エネルギー変化
フローリー・ハギンスの自由エネルギー変化(ΔGmix)は次の式で示される
ΔGmix =RT(ϕ1lnϕ1+ϕ2lnϕ2+χϕ1ϕ2)
ここで
- ϕ1とϕ2 はそれぞれの成分の体積分率
- χ は相互作用パラメータ
- R は気体定数
- は絶対温度である。
この式において、混合が自発的に起こるためにはΔGmixが負になる必要がある。高分子間の相互作用パラメータχが大きい場合、最後の項(χφ₁φ₂)がΔGmixを正にし、相分離を引き起こす原因となる。したがって、ポリスチレンとポリメタクリル酸メチルのχは高く、混ざり合わないと説明できる。
実際の例と結論
スチレンモノマーとメタクリル酸メチルモノマーのような低分子同士では、エントロピー増加が混合の主要な駆動力となり、均一な混合が可能となる。一方、ポリスチレンとポリメタクリル酸メチルのような高分子同士では、エントロピーの増加が抑制され、さらに特別な相互作用がなければエンタルピーの面でも混合が難しくなる。したがって、互いに混ざり合わない現象が生じるのである。
練習問題
問題1
低分子同士の混合でエンタルピーが正(吸熱系)であっても混合が起こる理由を説明せよ。
解答と解説
エンタルピーが正でも、混合によりエントロピーが大きく増加するため、自由エネルギーが減少し、混合が熱力学的に有利となるからである。
問題2
フローリー・ハギンス理論において、相互作用パラメータχが大きい場合、高分子間の混合はどうなるかを説明せよ。
解答と解説
相互作用パラメータχが大きい場合、自由エネルギー変化ΔGmixが正になり、相分離が生じやすくなるため、高分子間の混合は起こりにくい。
問題3
高分子同士の混合でエントロピー増加が小さくなる理由を説明せよ。
解答と解説
高分子は長い鎖状の構造を持つため、混合によるコンホメーションの変化が制限され、エントロピー増加が小さくなるからである。