
電気を通さないはずの高分子が、電気を通す──常識を覆した発見
プラスチックや布、木材など、私たちの身の回りにある「高分子材料」は、電気を通さないことで知られている。実際、電気を通すのは金属だけと思っている人も多いだろう。だが、1970年代、そんな常識を覆す高分子が日本で誕生した。
それが「導電性高分子」である。
開発者は日本の白川英樹博士。彼はアメリカのアラン・マクダイアミッド博士、アラン・ヒーガー博士とともに、この研究で2000年ノーベル化学賞を受賞している。高分子という絶縁体の代名詞とも言える素材が、電子を自由に通す「導体」へと変貌したのだ。
🫘 豆知識
白川博士が最初に導電性高分子を発見したのは「失敗」がきっかけ。誤って触媒量を1000倍にしてしまったことで、偶然にも銀色に光るポリアセチレンが合成されたのだ。
導電性の秘密は「π電子」と「二重結合」にあり!
そもそも、なぜ高分子は普通は電気を通さないのか?
その答えは「自由電子がないから」である。
金属は自由電子が材料内部を縦横無尽に動くことで電気を通す。一方で高分子、特にプラスチックのようなものは、電子が固定されており移動できないため、絶縁体になっている。
ここで登場するのがπ(パイ)電子である。炭素と炭素の二重結合にはπ電子が存在しており、この電子は比較的動きやすい。さらに、この二重結合と単結合が交互に並ぶ「共役構造」を持つ高分子では、電子の動きに道筋ができる。
このような構造を持つのが「ポリアセチレン」という高分子である。

ポリアセチレンの電気伝導性、驚異のメカニズムとは?
1977年、白川博士らはアセチレン分子を重合して、単結合と二重結合が交互に並んだポリアセチレンを作り出した。しかし、このフィルムは当初、電気を通さなかった。
そこでアメリカのマクダイアミッド博士が着目したのが「ドーピング」という手法である。彼はポリアセチレンにヨウ素を作用させることで、電子1個を取り去る酸化反応を起こし、導電性を引き出した。


電子が抜かれた部分に「穴(ホール)」ができると、隣の電子がその穴を埋めるように移動する。
この連鎖反応により、電子は次々とポリアセチレン分子の端から端へと移動するようになる。こうして本来は絶縁体であるはずの高分子が、自由電子を持った導体へと変身したのである。
🫘 豆知識
「ドーピング」と聞くとスポーツの禁止薬物を連想するかもしれないが、化学では「特定の物質をわざと加えて性質を変える」意味。半導体技術でも重要な概念である。
銅に匹敵する導電性!?驚異の進化を遂げた高分子
ポリアセチレンの導電性は、改良を重ねることで銅と同程度にまで達するようになった。これは軽くて柔らかいプラスチックが、重くて硬い金属に匹敵する導電性を持つことを意味する。
柔軟性と電気伝導性を兼ね備えた素材として、あらゆる分野での応用が進んでいる。
次世代の導電性高分子たち──ポリアセチレンの仲間たち
ポリアセチレンの成功をきっかけに、次々と新たな導電性高分子が開発された。それらは以下のような分子である。

- ポリチオフェン:五員環に硫黄(S)を含む分子。熱安定性と導電性に優れ、有機太陽電池や電子ペーパーで利用されている。
- ポリピロール:五員環に窒素(N)を含む分子。合成が容易で、バイオセンサーや医療分野への応用が注目されている。
- ポリアニリン:ベンゼン環にアミン基(–NH–)が結合した構造。ドーピングにより色や導電性が変わるため、化学センサーとしても利用されている。
🫘 豆知識
導電性高分子は「隠れた素材」として、スマホのタッチパネル、フレキシブルディスプレイ、電子ペーパーなど、私たちの生活の“見えないところ”で大活躍している。
まとめ:未来を支える「見えない導体」、それが導電性高分子
導電性高分子は、かつて「絶縁体」であると信じられていた素材に新たな役割を与えた。軽量・柔軟・加工性に優れながら、金属に匹敵する電気伝導性を持つこれらの素材は、エレクトロニクス、エネルギー、医療、環境技術といった多くの分野での応用が期待されている。
この発見の背景には、偶然と着眼力、そして長年の研究の積み重ねがある。白川博士の「失敗」から始まったこの物語は、まさに科学のロマンと言えるだろう。