
放射光とは何か?
放射光とは、光速に近い速度で運動する電子(または陽電子)が進行方向を磁場などによって変えられた際に、その軌道の接線方向に電磁波(光)を放射する現象を指す。この放射光は、電子シンクロトロンで初めて観測されたことから「シンクロトロン放射光」とも呼ばれる。
電子の運動エネルギーが高くなるほど放射される光は短波長となり、特に高エネルギー電子を利用した加速器ではX線領域の光を放射できる。
このような特性を持つ放射光を利用する施設は、第三世代放射光施設と呼ばれ、代表的なものにアメリカのAPS(Advanced Photon Source 7GeV)、ヨーロッパのESRF(European Synchrotron Radiation Facility 6GeV)、そして日本のSPring-8(Super Photon Ring 8GeV)がある。
SPring-8の概要
SPring-8は、電子を最大8GeVまで加速し、それを蓄積リング内に蓄積することで高輝度な放射光を発生させる施設である。電子はリニアック(線形加速器)とシンクロトロン(円形加速器)を経て加速され、蓄積リングに導入される。そこで磁場を利用して進行方向を変えることで、強力な放射光が発生する。
SPring-8において、電子の進行方向を変えるために用いられる磁石は、偏向電磁石と挿入光源の2種類がある。
偏向電磁石
偏向電磁石は、電子の軌道を単純に曲げることで放射光を発生させる装置である。この際、発生する光は広範囲の波長を持つが、放射強度は挿入光源と比べると低い。
挿入光源
挿入光源は、磁石の配置を工夫し、電子の軌道を周期的に変化させることでより高輝度な放射光を発生させる。挿入光源には、アンジュレーターとウィグラーがあり、それぞれ異なる特性を持つ。
- アンジュレーター:磁石の間隔が狭く、電子の進行方向に対して小さな振動を繰り返す。これにより、特定の波長の光が強く干渉し、高輝度で指向性の高い放射光が得られる。
- ウィグラー:磁場の間隔が広く、電子が大きく振動する。広範囲の波長を持つ高輝度光を放射できる。
これらの装置を駆使することで、SPring-8は世界最高レベルの放射光を供給することが可能となっている。
SPring-8の放射光の特性
SPring-8から放射される光には、以下のような優れた特性がある。
- 広い波長範囲
赤外線から硬X線領域までの広範囲な波長スペクトルを持つ。従来の光源と比べ、光強度は最大100億倍に達し、明るさと指向性が極めて高い。 - 高輝度・高コヒーレンス性
放射光の輝度が高いため、従来のX線源では測定できなかった極微量の試料でも高精度に測定できる。さらに、ビームの平行性が高く、コヒーレンス(波の干渉性)が強いため、X線ホログラフィーやX線干渉計測などの高度な分析が可能となる。 - 超短時間解析が可能
放射光のパルス幅が非常に短いため、フェムト秒(10⁻¹⁵秒)オーダーの時間分解測定が可能であり、化学反応や生体分子の動態解析に利用される。
SPring-8の応用分野
SPring-8は、以下のような多岐にわたる分野で活用されている。
- 材料科学:ナノ材料の構造解析、新素材開発
- 生命科学・医学:タンパク質の立体構造解析、新薬開発
- 地球科学:鉱物や高圧環境下の物質解析
- 物理学・化学:磁性材料の電子構造解析、触媒の研究
- 工学・産業応用:半導体デバイスの内部構造解析、マイクロマシンの性能評価
特に、X線吸収微細構造解析(XAFS)やX線回折分析(XRD)などの手法により、原子レベルでの物質解析が可能となるため、次世代のナノテクノロジーやバイオテクノロジーの発展に大きく貢献している。
まとめ
SPring-8は、世界でも最先端の放射光施設であり、その高輝度・高精度な光を利用することで、科学技術のさまざまな分野で画期的な研究が行われている。

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