
切欠きを有する丸棒の引張試験における応力挙動の概要

図1に示すように、周方向に完全な環状切欠きを有する丸棒に一軸方向の引張荷重を加える場合、その応力状態は単純な引張試験とは大きく異なる。特に切欠き部では、局所的な断面積の減少と、それに起因する応力集中のために、変形と破壊の様相が大きく変化する。
丸棒全体にわたって一様な引張応力が作用する場合、材料は弾性域ではフックの法則に従って変形する。すなわち

ここで、
σ:応力 [Pa]
E:ヤング率 [Pa]
ε:ひずみ
しかし切欠きの存在によって、応力の分布は一様とはならず、局所的に大きな値を示す。これが応力集中の本質である。
ポアッソン効果と初期の収縮挙動
引張方向に変形が進行すると、材料のポアッソン比 ν\nuν に基づき、垂直方向(すなわち半径方向)には収縮が生じる。この関係は次式で与えられる

ここで、
εr:半径方向ひずみ
εt:軸方向ひずみ
ν:ポアッソン比(一般に金属では0.3前後)
このポアッソン収縮により、切欠き部の周囲では応力状態が三軸化しやすくなる。切欠きがない通常の丸棒と異なり、断面積が小さい切欠き底部では、応力集中がさらに強調される。
応力集中と塑性変形の開始
引張荷重を増加させるにつれて、切欠き底部の応力は材料の降伏応力 σY に達し、そこで最初に塑性変形が開始する。応力集中の効果を定量的に表す係数として、応力集中係数 Kt が用いられる。

ここで、
σmax:切欠き底での最大応力
σ0:名目応力(荷重を断面積で割った値)
この塑性変形が切欠き周辺に局所的に進展し、全体の破断につながる。
収縮の制限と半径方向応力の発生
切欠き部で塑性変形が進むと、材料は半径方向に収縮しようとするが、切欠きの上下の未変形部がそれを拘束する。これによって切欠き部に放射方向の引張応力 σrが発生する。
この半径方向応力は以下のようにモデル化されることがある

ここで、
Fr:半径方向の拘束力
Ar:拘束面積(通常は円環状)
拘束された収縮は、材料の三軸応力状態への遷移を意味し、材料の降伏挙動を変化させる。
三軸応力場の形成と軸方向応力の増加
上述の拘束によって、切欠き部には軸方向 σt、半径方向 σr、円周方向 σθ の三方向にわたる引張応力が生じる。これにより、切欠き部は三軸応力状態に置かれる。
三軸応力場下での降伏条件は、例えばミーゼスの降伏条件に従えば以下のように記述される

この等価応力 σeq が σY に達したとき、材料は降伏する。
塑性拘束とは何か:理論的意義
このように、切欠きによって発生する半径方向・円周方向の引張応力が軸方向の降伏応力を増加させる現象を**塑性拘束(plastic constraint)と呼ぶ。
これは、自由に変形できない状況で外力に耐えようとする材料の内部応力状態であり、実際の構造部材の設計において重要な役割を果たす。三軸応力状態は、単純な一軸応力状態に比べて降伏応力を高める方向に働く。
平均塑性拘束係数の定義と役割
この拘束の強さを定量的に評価するために導入されるのが、平均塑性拘束係数(mean plastic constraint factor)である。
これは、切欠き断面部の平均軸方向引張応力 σt と降伏応力 σY の比として定義される。

ここで、
χˉ:平均塑性拘束係数
この係数は、構造強度設計や破壊力学モデル(例:J積分やCTOD)における重要なパラメータであり、欠陥許容設計に応用される。
設計および材料評価における実用的意義
平均塑性拘束係数 χˉ の大きさは、実用構造物の安全性を大きく左右する。例えば、き裂先端での塑性域の広がりや破壊靱性評価において、この係数が1.0より大きい場合、材料は三軸応力下での強化効果を受けており、単純な降伏応力だけでは評価できない。
このため、以下のような破壊評価式にも応用される。

ここで、
J:J積分(破壊靱性)
K:応力拡大係数
E′:平面ひずみ弾性係数
f(χˉ):塑性拘束係数による補正関数
塑性拘束が支配的となる応用分野
塑性拘束の影響は、理論的な材料力学の枠を超え、以下のような多数の実用分野で重要な要素として扱われる:
- 高圧容器設計:内部圧力により外周方向から拘束された状態にあるため、三軸応力下での評価が不可欠となる。
- 溶接構造物:溶接部周辺の熱影響域(HAZ)では局所的な変形拘束が存在し、塑性拘束効果により破壊の進展性が変わる。
- き裂先端の破壊解析:弾塑性破壊力学において、き裂先端では非常に高い拘束が生じ、J積分やCTODの臨界値が変化する。
- 航空・自動車用部材:軽量化のために肉厚が薄くなった部品では、拘束が低下し延性破壊に移行しやすくなるため、拘束評価が不可欠である。
拘束の緩和と脆性破壊への影響
拘束が高い場合、材料は三軸引張応力状態となり、延性破壊よりも脆性破壊に移行する傾向が強くなる。これは、塑性変形が制限されることで、ひずみエネルギーの解放が起こりにくくなり、破壊靱性が実質的に低下するためである。
その一方、拘束が低い場合には、き裂先端に大きな塑性域が広がり、エネルギー吸収能が高まる。この関係を定量的に示す手法としては、T-応力やQパラメータを用いた拘束レベルの評価が用いられる。
材料選定における塑性拘束の考慮
構造材料を選定する際には、単に降伏応力や引張強さだけではなく、「拘束下での破壊靱性」や「延性−脆性遷移温度(DBTT)」も考慮すべきである。特に、低温環境や高応力集中構造においては、塑性拘束の影響で脆性破壊が顕在化する恐れがある。
たとえば、鋼材においては以下のような傾向がある:
- 高炭素鋼や高強度鋼:高い強度と引き換えに拘束下で脆性破壊に移行しやすい
- 低炭素鋼:延性が高く、塑性拘束があっても比較的破壊靱性が維持される
このため、設計対象の使用条件に応じて、拘束条件と破壊モードを考慮した材料選定が不可欠となる。
総括:塑性拘束の理解は破壊力学の中核である
塑性拘束は、破壊力学の分野において非常に重要な概念であり、応力集中や降伏挙動だけでなく、最終的な破壊モードの予測にも直結する。切欠きのある丸棒という単純なモデルからも、次のような総合的知見が得られる:
- ポアッソン効果による半径方向収縮が上下部に拘束されることで、切欠き底に三軸応力状態が発生する。
- 降伏応力以上に高まった軸方向応力 σt\sigma_tσt は、平均塑性拘束係数 χˉ\bar{\chi}χˉ によって定量化される。
- 三軸応力状態は脆性破壊の要因となり、構造物の破壊挙動を支配する。
これらの理解を基礎として、設計者や材料技術者は、現実の応力状態を正しく把握し、安全かつ信頼性の高い構造設計を行う必要がある。
