はじめに:Staudingerの革新と高分子化学の始まり
1920年代、Hermann Staudingerは、セルロースやゴムなどの物質が低分子化合物の集合体ではなく、連続した巨大な分子、すなわち「高分子」であると提唱した。
これは当時の化学の概念に大きな変革をもたらし、現在の高分子化学の礎を築いた。
Staudingerはセルロースに対する実験を通じて、高分子の存在を理論だけでなく実験的に証明することに成功した。
この記事では、Staudingerの実験の詳細なプロセスとその理論的背景について解説する。
セルロースの性質と高分子である可能性
セルロースとは何か
セルロースは植物の細胞壁の主成分であり、長鎖状のグルコース分子がβ-1,4-グリコシド結合で連結した多糖類である。その化学式は(C6H10O5)nであり、このnが大きな値であるためにセルロースは高分子の特徴を示す可能性があった。
しかし、当時はこのnが極めて大きな値(数百から数千)を持つことが信じられていなかったため、Staudingerはセルロースが実際に高分子であることを証明する必要があった。
低分子集合体と高分子の違い
低分子化合物の集合体であれば、構成する分子が非共有結合的な分子間力で会合していると考えられる。しかし、高分子の場合、単位分子(モノマー)が共有結合で連結し、一続きの巨大分子を形成している。
そのため、官能基に化学変化を加えても、全体の分子構造や物理的特性には大きな影響を受けないとされる。
Staudingerの実験手法:アセチル化と分子量測定
Staudingerはセルロースを「アセチル化」という化学反応にかけることで、セルロースが高分子であることを証明することにした。
この実験は、アセチル基がセルロースのヒドロキシ基に結合し、分子構造に変化を与えるものである。この手法には以下の段階が含まれている。
1. セルロースのアセチル化
セルロースのヒドロキシ基(-OH)にアセチル基(-COCH3)を導入する操作を行った。これにより、セルロースの化学構造は「三酢酸セルロース」に変化する。
もしセルロースが低分子の集合体であるならば、アセチル化によって分子間の相互作用が変わり、みかけの分子量や会合度も変化すると予測された。
2. 分子量測定と重合度の評価
Staudingerは、アセチル化した三酢酸セルロースと元のセルロースの分子量を測定した。具体的には、数平均分子量を測定し、これに基づき「数平均重合度」を算出した。
この段階で、元のセルロースとアセチル化後の三酢酸セルロースの重合度に変化が見られなかったことが確認された。
3. 証明の結論
アセチル化の前後で重合度が変化しなかったことから、セルロースは単なる分子の集合体ではなく、モノマーが共有結合で連結した巨大分子であると結論付けた。すなわち、セルロースが高分子であることが示された。
理論的解釈:共有結合でつながる巨大分子の証明
セルロースが低分子の集合体であった場合、アセチル化により分子間の結合が影響を受けるため、会合度や分子量の測定値に変化が見られるはずであった。
しかし、実際には重合度の変化はなく、アセチル化の影響を受けなかったことから、セルロースが巨大分子であることが明確となった。この発見は、高分子が「単なる分子集合体ではなく、共有結合で連結された一連の巨大分子である」という現代の高分子理論の基盤となっている。
Staudingerの発見がもたらした高分子化学の発展
Staudingerの高分子理論は、それまでの化学のパラダイムを変革し、プラスチックや合成繊維など現代社会を支える様々な高分子材料の発展に寄与した。
高分子化学が産業において重要な役割を果たすようになったのは、Staudingerの理論が広く受け入れられ、応用研究が進められたからである。
練習問題
問題 1
セルロースのアセチル化による分子量の変化が見られなかった理由を説明せよ。
解答と解説
セルロースが低分子の集合体であれば、アセチル化によって分子間の相互作用が変わるため、見かけの分子量が変化するはずである。しかし、重合度が変化しなかったことから、セルロースがモノマーが共有結合で結ばれた巨大分子であることが示された。
問題 2
高分子が共有結合で連結された巨大分子であることの証明には、どのような実験的手法が有効か述べよ。
解答と解説
高分子であることを証明するには、化学変化を加えた際に分子量の変化が見られないことを確認する手法が有効である。例えば、セルロースをアセチル化し、アセチル化の前後で重合度に変化がないことを確認する手法が該当する。
問題 3
もしセルロースが低分子の集合体であった場合、アセチル化による会合度の変化が予測される理由を述べよ。
解答と解説
セルロースが低分子の集合体であった場合、分子間は非共有結合で結びついているため、ヒドロキシ基をアセチル基に変化させることで分子間相互作用が変わり、会合状態も変化する。そのため、見かけの分子量が変わるはずである。