
塑性変形は、物体が弾性限界を超え、外力を取り去っても元に戻らない変形が生じた状態である。
このような状態に至るためには、応力が特定の基準に達する必要がある。その基準を数学的に表現したものが「降伏条件(yield criterion)」である。
本記事では、代表的な降伏条件として知られるトレスカ、ミーゼス、そしてモール・クーロンの降伏条件について、それぞれの物理的意味と数式をもとに詳細に解説する。
降伏条件と塑性変形の関係
降伏条件の定義
弾性変形を越え、物体が外力を取り去っても回復しない状態、すなわち塑性変形に入る瞬間、材料は「降伏」したとみなされる。この時、応力が満たすべき基準を「降伏条件」と呼ぶ。
降伏条件は、材料の破壊や変形を予測する上で極めて重要であり、特に材料力学や構造設計の分野で広く用いられている。以下では、広く知られる3つの降伏条件について個別に検討する。
トレスカの降伏条件
最大せん断応力に基づく基準
トレスカ(Tresca)の降伏条件は、材料内の一点における最大せん断応力が、材料固有のある値に達したときに降伏が始まるとする考え方である。
この条件式は主応力の大小関係を σ₁ ≥ σ₂ ≥ σ₃ としたとき、以下のように表される:
(σ₁ − σ₃)/2 = k
ここで、kは材料定数であり、せん断応力の限界値を示す。この式の物理的意味は、「最大せん断応力による滑りが起こると降伏が始まる」ことを意味している。
ミーゼスの降伏条件
弾性ひずみエネルギーに基づく基準
ミーゼス(Mises)の降伏条件は、以下の式で表される
(σ₁ − σ₂)² + (σ₂ − σ₃)² + (σ₃ − σ₁)² = 6k²
この式の物理的意味は、「弾性ひずみによるエネルギーが材料にとってある限界値に達すると、降伏が始まる」ことを示している。
また、三つの主応力軸を座標軸とする正八面体面のせん断応力が一定値に達したときに降伏が起こるという解釈もなされている。
トレスカとミーゼスはどちらも、材料の降伏を一軸伸張、圧縮、または平面ひずみ下の条件に基づいて予測するが、それぞれで降伏の判断基準が異なる。
モール・クーロンの降伏条件とkの補正
圧力依存性を加味した降伏モデル
高分子材料や土壌、岩石などの非金属材料では、降伏応力が圧力の影響を大きく受けることが知られている。これに対応するため、材料定数kに以下のような修正を加えたモデルが考案されている。
k = k₀ − μσₙ
ここで、
- k₀:材料定数(無圧下での基準値)
- μ:材料係数
- σₙ:法線方向の応力
さらに、応力系の平均静水圧の影響を加味すると、以下のように表される:
k = k₀ − μp = k₀ − μ(σ₁ + σ₂ + σ₃)/3
この式は、モール・クーロンの降伏条件(Mohr-Coulomb's yield criterion)として知られ、圧力依存型の材料挙動を反映する点で金属材料に比べて汎用性が高いとされている。
降伏応力と条件別のkの値
条件ごとのk値の比較
表2.1に、トレスカおよびミーゼスの降伏条件に基づくkの値と降伏応力との関係が整理されている。
降伏条件 | 単軸伸張、圧縮 | 平面ひずみ伸張、圧縮 |
---|---|---|
ミーゼス | k = σᵧ/√3 | k = σᵧ/2 |
トレスカ | k = σᵧ/2 | k = σᵧ/2 |
ここで、σᵧは材料の降伏応力を示す。この表より、ミーゼス条件では平面ひずみにおいてk値が変化する一方で、トレスカ条件では変化がないことが分かる。
まとめ
降伏条件は、構造物や部品の安全設計において非常に重要な概念である。トレスカ、ミーゼス、モール・クーロンといった代表的な降伏条件は、それぞれ異なる理論的背景と適用範囲を持つ。
