
Dess–Martin 酸化反応の概要
Dess–Martin 酸化反応(Dess–Martin Oxidation)は、有機超原子価ヨウ素(V)試薬である Dess–Martin periodinane(DMP)を用いた酸化反応であり、アルコールを温和な条件下でアルデヒドあるいはケトンへ変換する手法である。
本反応は、特に選択性と操作の容易さから有機合成化学において広く利用されている。


アルコール(A)と DMP の反応により、中間体(a)を経て酸化が進行し、一次アルコールからはアルデヒドが、二次アルコールからはケトンが生成する。
その際、副生成物として酢酸と 3 価の有機超原子価ヨウ素化合物(C, IBX 類似体)が得られる。
反応機構の詳細
反応機構は以下のように進行する。
- 付加段階
アルコール(A)が DMP に求核攻撃し、中間体(a)が形成される。このときヨウ素原子が求電子中心として作用する。 - 脱酢酸反応
中間体から酢酸(AcOH)が脱離し、酸化が進行する。 - 酸化生成物の形成
最終的にアルデヒドまたはケトン(B)が得られ、副生成物として酢酸および 3 価ヨウ素化合物(C)が生成する。
この過程は室温で進行し、反応条件が非常に穏やかであることが特徴である。
DMP の特徴と利点
Dess–Martin 試薬(DMP: 1,1,1-triacetoxy-1,1-dihydro-1,2-benziodoxol-3(1H)-2-one)は以下の点で優れている。
- 高い選択性:エステル、アミド、アセタール、炭素–炭素不飽和結合などの官能基を持つ分子においても、アルコールを優先的に酸化できる。
- 温和な条件:室温で反応が進行するため、熱に不安定な基質にも適用可能である。
- 操作性:非金属酸化剤であるため、クロム酸系などの重金属酸化剤と比べ環境負荷が小さい。
ただし、DMP は爆発性を持つため、取り扱いには十分な注意が必要である。また、関連化合物である IBX(o-iodylbenzoic acid)も同様の酸化に利用可能である。
用途と応用例
Dess–Martin 酸化は、以下のような幅広い用途に利用される。
- 一次アルコール → アルデヒド の変換
- 二次アルコール → ケトン の変換
- 官能基耐性が高いため、天然物合成や医薬品合成における選択的酸化反応に有効
- 酸に弱い基質や複雑な分子構造を有する場合にも適用可能
特に、他の官能基を損なわずに酸化を進行させたい場面で非常に有用である。
具体例


まとめ
Dess–Martin 酸化反応は、有機合成における代表的な酸化手法であり、アルコールをアルデヒドまたはケトンへ効率的に変換するために用いられる。
DMP の優れた選択性と温和な反応条件は、複雑な分子の合成研究において強力な武器となる。
一方で、試薬の爆発性や取り扱いリスクを十分に考慮する必要がある。IBX との併用や比較も含め、今後の応用展開が期待される。