高分子鎖の拡がりを決定づける排除体積効果とは何か?(実在鎖の拡がりについても)

高分子溶液中における理想鎖と実在鎖の理解

ガウス鎖モデルによる理想鎖の基礎

高分子の鎖構造は、理論的には酔歩統計モデルによって近似されることが多い。この場合、高分子鎖は理想鎖、すなわちガウス鎖として扱われる。

ここで注目すべきは、セグメント間の平均二乗両末端間距離 ⟨r²⟩ が、高分子の重合度 n に比例する点である。これは鎖が無相互作用状態にあると仮定された理想的状況下での拡がりを示している。

実在鎖における空間的制約と排除体積の影響

しかし実際の高分子は、理想鎖とは異なりセグメントが実体を持ち、空間的に排他性を持つ。そのため、溶液中の実験では、理想鎖モデルとは異なる挙動が観測される。

具体的には、実在の高分子鎖が拡がる様子は、実験室のビーカー中に観測される現象として捉えることができ、以下に述べる排除体積効果によって大きく影響を受ける。

排除体積効果とは何か

セグメントの実体性と空間の排除

ガウス鎖モデルにおいては、鎖を構成するセグメントは長さを有するものの、その太さや体積は無視されていた。

これは理想化の一形態である。しかし、現実には高分子のセグメントには化学構造に基づく実体的な体積が存在する。これにより、互いに離れたセグメント同士が接近する際、それぞれの体積が空間を占有し、互いに重なることができない。これが空間排除であり、この効果が高分子鎖を膨張させる主因となる。

このような長距離相互作用による排除現象は排除体積効果(excluded volume effect)と呼ばれ、高分子物理における重要な概念である。

排除体積の消失条件とθ条件

排除体積効果は溶媒との相互作用にも強く依存する。溶媒の性質や温度によっては、排除体積が見かけ上消失することがある。

このとき、排除体積が0となり、セグメントの太さが見かけ上存在しなくなる。この特別な状態はθ条件(T = θ)と呼ばれ、理想鎖と実在鎖の境界条件を形成する。

数理モデルによる排除体積の定式化

セグメントの排除体積とポテンシャルモデル

セグメントを半径 a の剛体球と仮定した場合、その体積は

である。このセグメントが他のセグメントと相互作用しながら排除する実効体積は、1つのセグメントあたり

となる。

排除体積パラメータβの導出

実際の溶媒中では、セグメント同士が溶媒を介して相互作用するため、実効的な排除体積は溶媒和の影響も受ける。2つの要素 i, j が距離 r だけ離れているときのポテンシャル Vij(r) に基づき、排除体積パラメータ β は以下の式によって定義される

ここで、ポテンシャル関数 Vij(r)は一般に以下のように仮定される

このモデルを用いることで、排除体積は温度依存の式として展開可能であり、以下の式が得られる

ここで ν はセグメントの有効体積、θ はθ温度、T は系の温度を示す。したがって、T > θ のとき正の排除体積が生じ、高分子は溶媒中で膨張する。逆に T < θ のとき排除体積は負となり、高分子は収縮する傾向を示す

まとめ1:排除体積効果の物理的・化学的意義

排除体積効果は、高分子の物理的挙動における中心的概念の一つである。理想鎖における拡がりと比較することで、実在鎖がなぜ膨張するか、またその膨張が温度や溶媒の性質にどのように依存するかを理解することができる。

実在鎖の拡がりとその理論的背景

高分子鎖が受ける遠距離相互作用と摂動

溶液中の高分子鎖は、他の高分子や溶媒分子との遠距離相互作用により何らかの力を受ける。このような力の影響を「摂動(perturbation)」と呼び、これが存在しない理想的な状態は「非摂動鎖(unperturbed chain)」とされる。この非摂動状態は、構造的な乱れを考慮しない、理論的に最も単純なモデルである。

一方、実際の溶液中ではこの摂動が避けられず、実在鎖はその影響を受けて構造が変化する。すなわち、理論的な非摂動状態から実際の状態への移行が不可避である。


非摂動状態の幾何的表現と平均距離

理想鎖モデルに基づく平均二乗末端間距離と回転半径

高分子鎖のセグメント長を定数として取り扱うとき、以下のような表現が得られる

式 (1):非摂動状態における平均二乗末端間距離の平方根

式 (2):非摂動状態における回転半径

ここで、

  • n:高分子鎖のセグメント数
  • Kn:比例定数(ポリマー種や溶媒条件に依存)
  • 添字 0:非摂動状態を示す

このように、非摂動状態における高分子鎖の拡がりは、セグメント数の平方根に比例することがわかる。


膨張係数αによる摂動の影響表現

実在鎖の拡がりを表す膨張係数の導入

実在の高分子鎖が摂動を受けて膨張あるいは収縮する程度を数量的に示すために、膨張係数α(expansion factor)を用いる。これにより、以下のような関係式が導かれる

式 (3):膨張係数を用いた平均二乗末端間距離

式 (4):膨張係数を用いた回転半径

膨張係数 α は、実在鎖の拡がりが非摂動状態に対してどれほど変化しているかを表し、

  • α>1:膨張
  • α<1:収縮
    を意味する。

すなわち、理想鎖の構造からの逸脱度をα²によって補正し、実在鎖の空間的拡がりを表現することが可能となる。


セグメント長 b を導入した理想鎖モデルの一般化

非摂動状態の平均二乗末端間距離は、セグメント長 b を用いて次のように表される。

式 (5):理想鎖における平均二乗末端間距離

これを式 (3) に代入すると、実在鎖の構造モデルが得られる。

式 (6):膨張係数を含む実在鎖の拡がり

この式から、

nb2 が近距離相互作用(セグメント構造)による拡がり、

α2 が遠距離相互作用(溶媒・他鎖との相互作用)による拡がり、
であることが理解できる。


実験的背景と定数Knの決定

実在系におけるKnの実験値とその解釈

ポリスチレンを例に、シクロヘキサン中(34.5〜35℃)での回転半径 Rgと分子量 M の関係は、以下のような比例式で表される。

式 (7):実験的に得られた比例式

この式により、非摂動状態における Kn​ の代表値は 0.0286 であり、一般に 0.025〜0.03 の範囲に収まるとされる。


まとめ2:実在鎖の理論的理解とモデル化の重要性

高分子鎖の空間的な拡がりを定量的に理解するためには、理想鎖モデルから始まり、摂動や相互作用の影響を加味した拡張モデルへの理解が必要である。

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