有機

ヒドロホウ素化-酸化反応の概要

ヒドロホウ素化-酸化反応(Hydroboration–Oxidation)は、アルケンにホウ素化合物(BH₃やジボランB₂H₆など)を反応させた後、過酸化水素(H₂O₂)と水酸化ナトリウム(NaOH)で酸化することにより、アルコールを生成する方法である。

生成するアルコールは、アルケンに水を付加させた場合と等価であるが、その位置選択性は anti-Markovnikov型 であり、さらに付加は シス付加 で進行するという特徴を持つ。

反応機構の詳細

アルケンとホウ素の初期反応

出発物質であるアルケン(A)は、ジボラン(B₂H₆)やボラン錯体(BH₃·THF、BH₃·SMe₂など)と反応する。ここでBH₃がアルケンの二重結合に対して付加し、四員環遷移状態(a)を経由してアルキルボラン(b)が生成する。


この際、ホウ素は立体障害の小さい末端炭素に結合し、水素はより置換度の高い炭素に結合するため、結果としてanti-Markovnikov則に従う。

連続付加とトリアルキルボランの生成

BH結合が3本存在するため、この付加反応は3回繰り返され、最終的にトリアルキルボラン(c)が得られる。

酸化反応の進行

トリアルキルボランに過酸化水素を含む塩基性水溶液を作用させると、ヒドロペルオキシドアニオン(HOO⁻)がホウ素原子に求核付加する。電子密度の高いホウ素に結合したアルキル鎖は、結合電子対を酸素へ移動させ、ホウ素から酸素への1,2-転位が進行する(c → d)。このとき転位基の立体化学は保持される。

続いて、この1,2-転位が3回繰り返されることで、トリアルキルホウ酸エステル(e)が生成する。さらに加水分解が進行し、最終生成物としてアルコール(B)が得られる。

生成物の特徴

得られるアルコールは、アルケンに水をanti-Markovnikov則で付加したものに相当する。これは他の水和反応(酸触媒による水和など)では得られにくい生成物であるため、合成上の重要性が高い。

応用と参考点

官能基を有するアルケンからの選択的アルコール合成

エステル、カルボニル、アミド、アセタールなどの官能基を持つアルケンからでも、この手法を用いれば選択的にアルコールを合成できる。例えば1-オクテンにBD₃·THFを作用させ、次いでアルカリ性過酸化水素を加えると、1-オクタノール-2D₁と2-オクタノール-1D₁が96:4の比率で得られる。このことは、本反応が高い位置選択性を有することを示す。

立体的にかさ高いジアルキルボランの利用

ジボランやボラン錯体の代わりに、かさ高いジアルキルボラン(例: (c-C₆H₁₁)₂BH)を用いると、位置選択性がさらに向上し、単一のアルコール生成物が得られる場合が多い。これにより合成効率と選択性が大幅に改善される。

光学活性アルコールの合成

光学活性なアルキル基を有するジアルキルボランを利用すれば、光学活性アルコールの合成が可能である。さらに、アルケンの代わりにアセチレンを出発原料とし、同様のプロセスを経てビニルアルコール、さらにはアルデヒドやケトンの合成へと応用できる。

他の具体例

まとめ

ヒドロホウ素化-酸化反応は、

  • anti-Markovnikov型のアルコール合成
  • 高い位置選択性
  • 官能基耐性の高さ
  • 光学活性アルコールやケトン類への応用

といった特徴を備える有機合成上極めて有用な反応である。アルケンの立体選択的水和反応を可能にするこの手法は、研究室レベルから工業合成まで幅広く利用されており、今後も有機合成化学における重要な柱であり続けると考えられる。

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