[Fe(CN)6]3-と[Fe(H2O)6]3+が持つ不対電子の数の違い:結晶場理論で説明

はじめに

鉄を中心とした錯体である[Fe(CN)6]3-と[Fe(H2O)6]3+は、それぞれ異なる配位子を持ち、そのために電子配置に著しい違いが見られる。

本記事では、これらの錯体の電子配置の違いについて、結晶場理論を用いて詳述する。

結晶場理論の基礎

結晶場理論(Crystal Field Theory, CFT)は、金属錯体の電子配置とそのエネルギーを説明するための理論である。

この理論では、配位子が金属イオンのd軌道に及ぼす静電的な影響を考慮し、d軌道のエネルギーがどのように分裂するかを解析する。

八面体型錯体の結晶場分裂

八面体型錯体において、d軌道は二つのエネルギー準位に分裂する。

この分裂は、配位子が金属イオンに対して対称的に配置されることにより生じる。

[Fe(CN)6]3-の電子配置

[Fe(CN)6]3-は、鉄(III)イオン(Fe3+)とシアン化物イオン(CN)が結合した錯体である。

シアン化物イオンは強い場の配位子として知られており、高スピン状態よりも低スピン状態を好む。

電子配置の詳細

鉄(III)イオンはd5配置を持つが、[Fe(CN)6]3-においては低スピン状態となるため、すべてのd電子がt2g​軌道に配置される。

この結果、不対電子は一つだけ残る。

[Fe(H2O)6]3+の電子配置

一方、[Fe(H2O)6]3+は、鉄(III)イオンと水分子が結合した錯体である。

水分子は弱い場の配位子であり、通常は高スピン状態を形成する。

電子配置の詳細

[Fe(H2O)6]3+においても鉄(III)イオンはd5配置を持つが、高スピン状態となるため、d軌道の電子は以下のように配置される。

この結果、五つの不対電子が存在する。

結晶場理論を用いた説明

配位子の影響

シアン化物イオン(CN)は強い場の配位子であり、配位子の静電的な影響によりd軌道のエネルギー分裂が大きくなる。

このため、低スピン状態が安定し、d電子はt2g軌道にのみ配置される。

一方、水分子(H2O)は弱い場の配位子であり、エネルギー分裂が小さい。

その結果、高スピン状態が安定し、d電子はt2gおよびeg​軌道に配置される。

スピン状態の影響

低スピン状態では、電子間の反発を最小限に抑えるために、電子は可能な限り同じエネルギー準位に対になって配置される。

このため、[Fe(CN)6]3-では不対電子は一つしか存在しない。

一方、高スピン状態では、電子間の反発を避けるために、可能な限り異なる軌道に配置される。

これにより、[Fe(H2O)6]3+では五つの不対電子が存在する。

結論

[Fe(CN)6]3-と[Fe(H2O)6]3+の電子配置の違いは、主に配位子の強さとそれによる結晶場分裂の大きさによるものである。

強い場の配位子であるシアン化物イオンは低スピン状態を好み、[Fe(CN)6]3-では一つの不対電子しか持たない。

一方、弱い場の配位子である水分子は高スピン状態を好み、[Fe(H2O)6]3+では五つの不対電子を持つ。

これらの違いは結晶場理論によって説明される。

これら知識をもとに、錯体化学のさらなる理解が深まることを期待する。

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