1. はじめに
有機リチウム試薬(n-BuLi、s-BuLi、t-BuLiなど)は、有機合成や触媒反応に広く用いられるが、その取り扱いには厳密な濃度管理が必要である。
市販の有機リチウム溶液は取り扱いや保管状況により濃度が変動するため、反応の正確な進行を保証するためには事前の滴定が不可欠である。
本記事では、ピバロイルo-トルイジン(pivaloyl-o-toluidine)を用いた有機リチウム試薬の滴定法について、詳細に解説する。
2. ピバロイルo-トルイジンによる滴定の原理
ピバロイルo-トルイジンは、有機リチウム試薬と反応することで色の変化を示す。反応の過程は以下の2段階からなる。
2.1 アミド水素の引き抜き
有機リチウム試薬は、ピバロイルo-トルイジン中のアミド基の水素を引き抜くことで反応を開始する。この段階では1当量の有機リチウム試薬が消費される。
2.2 オルトリチエーションの進行とジアニオンの生成
有機リチウム試薬が過剰に添加されると、ピバロイルo-トルイジンのメチル基のオルト位でリチエーションが進行する。これにより、ジアニオンが生成される。このジアニオンの形成は、反応系全体が黄色またはオレンジ色に変化することによって視覚的に確認できる。
3. 実験手順
3.1 必要な器具・試薬
- ピバロイルo-トルイジン:250~380 mg(0.9~2.0 mmol)
- 乾燥THF:5~10 mL
- 有機リチウム試薬(n-BuLi、s-BuLi、t-BuLiなど)
- 25 mLフラスコ(回転子付き)
- シリンジ(滴下用)
- 白い紙(滴定終点の確認用)
- 窒素雰囲気下での作業環境
3.2 実験手順
- フラスコの準備
25 mLフラスコに回転子を入れ、ピバロイルo-トルイジンを250~380 mg(0.9~2.0 mmol)計量して加える。 - 溶媒の添加
乾燥THFを5~10 mL加え、試薬が完全に溶解するよう攪拌する。 - 滴下操作
窒素雰囲気下で、有機リチウム試薬をシリンジから慎重に滴下する。フラスコの下に白い紙を敷くことで、色の変化が確認しやすくなる。 - 終点の確認
液体が黄色またはオレンジ色に変化した時点で滴下を停止する。これが滴定の終点である。 - 消費量の測定
滴定に要した有機リチウム試薬の体積を測定し、濃度を計算する。
4. 有機リチウム試薬の濃度計算
有機リチウム試薬の濃度 C は、以下の式によって計算する。
C=n/V
- C:有機リチウム試薬の濃度(mol/L)
- n:使用したピバロイルo-トルイジンのモル数(mol)
- V:滴定に使用した有機リチウム試薬の体積(L)
例:0.9 mmol(0.0009 mol)のピバロイルo-トルイジンを用い、10 mL(0.010 L)の有機リチウム試薬が必要だった場合、その濃度は以下のように計算される。
C=0.0009/0.010=0.09 mol/L
5. 実験上の注意点
- 窒素雰囲気の維持
有機リチウム試薬は水や酸素と反応しやすいため、常に窒素雰囲気下で作業を行うことが重要である。 - 正確な滴下操作
滴下速度が速すぎると、正確な終点の確認が難しくなるため、慎重に滴下することが求められる。 - 試薬の保管
有機リチウム試薬は冷暗所で保管し、使用前に濃度が変わっていないかを確認する必要がある。
6. 応用例とメリット
この滴定法は、以下のような状況で特に有用である。
- 有機リチウム試薬の品質管理:濃度の変化が反応結果に大きく影響するため、使用前の滴定は必須である。
- 反応の正確なモル比の調整:滴定結果に基づき、反応物のモル比を厳密に調整できる。
- 迅速かつ視覚的な判定:色の変化により、終点が直感的に確認できるため、特別な機器を必要としない。
7. 練習問題
問題1:0.005 molのピバロイルo-トルイジンを用い、20 mLの有機リチウム試薬を消費した場合、試薬の濃度を計算せよ。
解答:C=0.005/0.020=0.25 mol/L
問題2:滴定中、フラスコの溶液が透明なままだった場合、考えられる原因を挙げよ。
解答:有機リチウム試薬の劣化や、窒素雰囲気の不十分さによる水分との反応が考えられる。
問題3:使用したピバロイルo-トルイジンの量を1.5 mmolとした場合、試薬の体積が何mL必要か(試薬濃度 0.1 mol/L)。
解答:V=1.5×10−3/0.1=0.015 L = 15 mL
問題4:滴定中、色の変化が緩慢だった場合、改善策を提案せよ。
解答:攪拌速度を上げ、反応が均一に進行するようにする。THFの量を増やし、溶解性を向上させる。
問題5:ピバロイルo-トルイジンの代替物として、他の滴定指示薬の例を挙げよ。
解答:ジフェニルアミンやフェナントロリンなどが代替指示薬として使用できる。