残存溶媒の邪魔なNMRシグナルを除去するための主要溶媒「シグナルppm」

本稿では、NMR測定時に残存する溶媒を効果的に除去するためのいくつかの手法と、その利点・欠点を整理する。

残存溶媒の影響と対策の必要性

NMR測定での溶媒シグナルは、特にppmスケールにおいて目的化合物のピークと重なりやすい。このため、微量の溶媒が残っているだけでも、結果の解析を大幅に困難にする。NMR解析の前段階で、できる限り溶媒を除去することが望まれる。

一般的な溶媒除去の手法

精製後、残存する溶媒を飛ばすためには通常、以下のような手法が用いられる。

  • 真空引き: 標準的な手法であり、真空ポンプを用いて残存溶媒を低圧下で蒸発させる。時間や温度調整に注意が必要で、場合によっては溶媒が十分に除去されないこともある。
  • エバポレーターの使用: 回転式蒸発器を使うことで、効率よく溶媒を除去できる。特に低沸点の溶媒に有効である。

微量の酢酸エチル除去にヘキサン共沸を活用

酢酸エチルのような低沸点溶媒が残っている場合、真空引きやエバポレーターだけでは十分に除去できないことがある。そこで、共沸を利用した手法が有効となる。例えば、微量の酢酸エチルを除去する場合、少量のヘキサンを加えることで共沸が起こり、酢酸エチルをより効果的に除去できる。この方法の利点は、最終的に残る溶媒としてヘキサンが選択される点である。ヘキサンは低極性であり、除去が比較的容易なため、実験後の処理も簡単である。

ヘキサン共沸の手順

  1. 精製後、微量の酢酸エチルが残っている試料に、数mLのヘキサンを加える。
  2. エバポレーターを用いて、何度か繰り返し溶媒を飛ばす。この際、加熱を最小限にし、低回転数で回転させる。
  3. 最後に真空ポンプを用いて、残存するヘキサンを完全に除去する。

この方法により、酢酸エチルのシグナルが大幅に軽減され、NMR測定時の妨害が少なくなる。

NMR溶媒でのエバポレーション

別の有効な手段として、NMR測定に使用する溶媒を使ったエバポレーターの方法がある。例えば、重クロロホルム(CDCl₃)をNMR測定で使用する場合、通常の軽クロロホルム(CHCl₃)を用いて試料を溶解し、数回エバポレーターをかける。このプロセスによって、低沸点の残存溶媒をクロロホルムと一緒に蒸発させ、最終的にクロロホルムだけが残る状態にすることができる。こうすることで、測定時に重クロロホルムに由来するシグナル以外がほとんど観測されなくなる。

エバポレーションの具体的手順

  1. クロロホルム(CHCl₃)を試料に加え、回転式蒸発器で数回にわたり溶媒を蒸発させる。
  2. 十分に蒸発させた後、必要に応じてさらに軽溶媒で処理を繰り返す。
  3. 最終的に残る溶媒がNMR測定溶媒と一致するため、溶媒シグナルの影響を最小限に抑えることができる。

この手法の注意点

クロロホルムは塩素を含むため、取り扱いに注意が必要である。また、重溶媒のコストを節約する目的では有効であるが、塩素溶媒の使用を避ける場合には他の方法を検討する必要がある。

高沸点溶媒におけるNMR測定の問題点

上記の方法は、低沸点の溶媒に対して特に有効であるが、高沸点溶媒に対してはその限界がある。例えば、DMSO-d₆のような高沸点重溶媒を用いる場合、同様の手法での除去は難しく、より長時間の真空引きや、別の手法を考慮する必要がある。

高沸点溶媒の残存を防ぐためには、精製段階での選択が重要となる。適切な溶媒を選択し、できる限り高沸点の溶媒を避けることで、後の処理が簡便になる。

重溶媒と軽溶媒のNMRシグナルの確認

重溶媒を使用する際、しばしば問題となるのが、軽溶媒やその他の溶媒の残存である。特に、クロロホルムやDMSO-d₆などの重溶媒を使用する際に注意すべき点は、それぞれの化学シフトの違いを把握しておくことである。下記の表は、一般的な重クロロホルムおよびDMSO-d₆中における代表的な溶媒の化学シフトを示している。これにより、測定時に残存溶媒がどのようにピークを生じるかを予測しやすくなる。

Table 1.12: Solvent Peaks in DMSO-d₆ in NMR (ppm)

SolventPattern, Chemical Shift (δ)Pattern, Chemical Shift (δ)
Chloroforms, 8.32
Acetic acids, 1.91
Acetones, 2.09
t-Butyl methyl ethers, 1.11s, 3.08
Dichloromethanes, 5.76
Diethyl ethert, 1.09q, 3.38
Dimethylformamides, 7.95s, 2.89
Dimethyl sulfoxides, 2.54
Ethyl acetateq, 4.03s, 1.99
Grease
n-Hexanem, 1.25t, 0.86
Methanols, 4.01s, 3.16
Pyridinem, 8.58m, 7.79
Silicone grease
Tetrahydrofuranm, 3.60m, 1.76
Toluenes, 7.18s, 2.30
Triethylaminet, 2.43t, 0.93
Waters, 3.33

Table 1.11: Solvent Peaks in CDCl₃ in NMR (ppm)

SolventPattern, Chemical Shift (δ)Pattern, Chemical Shift (δ)
Chloroforms, 7.26
Acetic acids, 2.10
Acetones, 2.10
t-Butyl methyl ethers, 1.19s, 3.22
Dichloromethanes, 5.30
Diethyl ethert, 1.21q, 3.48
Dimethylformamides, 8.02s, 2.96
Dimethyl sulfoxides, 2.62
Ethyl acetateq, 4.12s, 2.05
Greasebr, s, 1.26
n-Hexanem, 1.26t, 0.88
Methanols, 3.49s, 1.09
Pyridinem, 8.63m, 7.68
Silicone greases, 0.07
Tetrahydrofuranm, 3.76m, 1.85
Toluenes, 7.19s, 2.34
Triethylaminet, 2.53t, 1.03
Waters, 1.60

The notations in the table mean:

  • s: Singlet (一重線)
  • t: Triplet (三重線)
  • q: Quartet (四重線)
  • br: Broad (ブロード)
  • m: Multiplet (多重線)

この表を参考にして、測定時の溶媒由来シグナルと目的化合物のピークを区別することができる。

まとめ

NMR測定において溶媒の残存はしばしば問題となるが、適切な手法を用いればその影響を最小限に抑えることができる。真空引きやエバポレーターの使用、さらに共沸を活用した溶媒除去などの方法を状況に応じて使い分けることで、正確なデータを得るための工夫が可能である。

また、NMR溶媒自体を使ったエバポレーションは一時的な解決策として有効だが、長期的には純度や収率への影響を考慮する必要がある。