
SN₂反応とは?有機化学における重要な反応の一つ
SN₂反応とは、有機化学の基本中の基本ともいえる「求核置換反応」のひとつである。この「SN₂」という名称は、英語の Substitution Nucleophilic Bimolecular(求核置換二分子反応) の略である。
この反応では、ある分子の中にある「出ていく原子(脱離基)」が、他の分子からやってきた「攻撃者(求核剤)」によって置き換えられる。とても単純な反応のように見えるが、実は分子の形や反応の進み方に多くの特徴がある。
どんな物質が反応する?:反応の材料について
SN₂反応が起きるには、以下の2つの材料が必要である。
- 基質(きしつ):置き換えられる対象の分子。たとえばハロゲンがついた炭素(ハロゲン化アルキル)など。
- 求核剤(きゅうかくざい):電子を持っていて、電子の少ないところに攻撃しにくる分子やイオン。たとえばOH⁻(水酸化物イオン)、NaOCH₃(メトキシドナトリウム)など。
基質の例:
- メチルブロミド(CH₃Br)
- エチルヨウ化物(C₂H₅I)
求核剤の例:
- NaOH(水酸化ナトリウム)
- NaOEt(エトキシドナトリウム)
SN₂反応の仕組み:一度にすべてが起こる反応
SN₂反応は、「一段階」で起こる反応である。つまり、次の3つのことが同時に進む。
- 求核剤が攻撃する(電子を与える)
- その攻撃された炭素が新しい結合を作る
- もともとついていたハロゲンなどの脱離基が出ていく
この同時進行が「一段階反応」と呼ばれ、途中に安定した中間体は存在しない。
どこから攻撃する?立体の向きと反転現象
SN₂反応で最も有名なのが「反転」である。これは、求核剤が炭素の180度反対側から攻撃してくるために起きる。
この現象を「Walden反転(ウォルデンはんてん)」と呼ぶ。例えるなら、傘を裏返しにされたような状態だ。炭素のまわりの構造がまるで反転するのがこの反応の大きな特徴である。
なぜ一部の分子では反応しないのか?:立体障害の影響
SN₂反応は、「混み合っていない」分子でよく進む。理由は、求核剤が炭素に近づく必要があるからである。近づけない場合は、反応が起こりにくい。
- 第一級アルキル基(例:CH₃CH₂Br):すごく反応しやすい
- 第二級アルキル基(例:CH₃CHBrCH₃):少し反応しづらい
- 第三級アルキル基(例:(CH₃)₃CBr):ほぼ反応しない
炭素の周りに大きなかさばる基がついていると、求核剤が入り込めないのだ。
SN₂反応とは何か:基本的な定義と反応機構
SN₂反応(Substitution Nucleophilic Bimolecular reaction)は、飽和化合物における求核置換反応の一形態であり、第一級のハロゲン化アルキル(RX)やアルキルトシラート(ROTs)と、NaOH、RONaあるいはRSNaのような求核試薬との反応によって、対応するアルコール、エーテル、あるいはチオエーテルを生成する反応である。
本反応は、式に示されるように、求核試薬Nu⁻が基質R-Xの炭素に攻撃し、X⁻(ハロゲンなど)が離脱する一段階の機構に基づく。
Nu⁻ + δ⁺R−Xδ⁻ → [遷移状態] → Nu−R + X⁻ (式)

この式に示されるように、反応は一段階で進行し、遷移状態が形成される点が特徴である。
SN₂反応の反応機構:一段階反応と遷移状態
SN₂反応は一段階反応であり、中間体は存在しない。反応の律速段階は、基質と求核剤が同時に関与する段階であり、三方両錐型の遷移状態が形成される。この過程を反映して、反応の速度は以下のような速度式で表される。
反応速度 v = k₂[RX][Nu⁻]
これは反応速度が基質(RX)および求核剤(Nu⁻)の濃度に一次に依存することを意味しており、典型的な二分子反応(二次反応)であるといえる。
また、反応座標に対するエネルギープロファイルでは、原系から生成系に至る過程でエネルギー的な障壁を越える必要があり、そのピークが遷移状態を示している。

反応の立体化学:Walden反転と反応様式
SN₂反応の最も顕著な特徴の一つが、立体化学的反転である。求核剤は脱離基の180°反対側から接近して反応するため、反応部位の炭素原子に対して反転が生じる。この反応様式を「Walden反転」と呼ぶ。
この反転の原因は、求核剤の孤立電子対軌道(HOMO)と、R−X結合の反結合軌道(LUMO)との軌道相互作用が、立体反転の方向で最大限に作用するためである。
求核剤および基質の構造による反応速度の影響
求核剤および基質の構造はSN₂反応の速度に大きな影響を及ぼす。
- 求核剤の影響:
求核性が高いものほど反応速度が速く、アルキル基が小さいもの(例:メチル基)ほど、立体障害が少ないため反応は迅速である。エチル基、イソプロピル基、t-ブチル基と大きくなるにつれて、立体障害が増し反応速度は著しく遅くなる。 - 基質の影響:
基質の構造も反応速度に影響を与える。第一級アルキル基は立体障害が少なくSN₂反応に適しているが、第三級アルキル基ではSN₂反応はほとんど進行しない。これは、第三級基では遷移状態が立体的に安定しないためである。
反応の応用と代表的な関連反応
SN₂反応は、さまざまな有機合成反応に応用されており、以下のような反応が挙げられる。
- Arbusov反応
- Gabriel反応
- Williamsonエーテル合成
- Sommlet反応
特にWilliamsonエーテル合成は、求核剤がアルコキシドであり、エーテルが生成する典型的なSN₂反応の応用例である。また、光延反応によってもSN₂反応が起こり得ることが報告されており、アルコールの反転合成に利用される。
反応速度の話:どうやって進む速さが決まるのか
SN₂反応の速さは、以下の2つの物質の濃度に比例する。
- 基質(例:CH₃Br)
- 求核剤(例:OH⁻)
これを式で表すとこうなる:
反応速度 ∝ [基質] × [求核剤]
つまり、どちらかが多ければ反応も早く進む。
実際の応用例:どんなときに使われる反応?
このSN₂反応は、さまざまな有機化学の実験や薬の合成などで使われる。いくつか有名な応用反応を紹介する。
- Williamsonエーテル合成:エーテルを作るときの基本反応。アルコールを一部加工してエーテルに変える。
- Gabriel反応:アミンを合成するのに使われる。
- Arbusov反応:有機リン化合物の合成で使われる。
まとめ:SN₂反応のキーポイント
- SN₂反応は「求核置換反応」の一つで、一段階で進む。
- 反応中に中間体はなく、求核剤が反対側から攻撃して脱離基を追い出す。
- 炭素の周囲に空間的余裕がある第一級アルキル基が最も反応しやすい。
- 結果として、反転が起きる(Walden反転)。
- 多くの合成反応の基礎となる重要な反応である。
このように、SN₂反応は「どこから攻撃するか」「どんな分子が反応しやすいか」「反応の仕組みはどうなっているか」を理解することで、ぐっとわかりやすくなる。今後さらに有機化学を学ぶ際の基盤として、確実に身につけておきたい反応である。
