
水素原子と水素分子はまったくの別物?
水素原子と水素分子という言葉は似ていても、その実態はまったく異なる二つの物質である。水素原子からなる物質は原子状水素と呼ばれ、極めて反応性の高い気体であり、多くの他の物質と結合する性質をもつ。
単体としての水素原子は非常に不安定で、特別な条件下でのみ存在可能である。
一方、水素分子(H₂)からなる物質は、一般的に知られる通常の水素であり、その反応性は原子状水素に比べてはるかに低い。たとえば水素分子は酸素と結合して水を生成するが、原子状水素はそれよりも激しく反応する。
豆知識①:原子状水素は宇宙でも特別?
宇宙空間には原子状水素が大量に存在し、星の形成や銀河の構造に影響を与えている。
水素分子を構成する原子と電子の動き
水素分子を構成する二つの原子は、最も一般的な水素同位体「プロチウム原子」(陽子1個・電子1個)であると仮定する。このとき、水素分子は陽子2個と電子2個から成り立つ。
電子はそれぞれの原子核の周囲を回っているように思えるが、実際には二つの電子が同じオービタル内で高速に運動している。このオービタルの形状は、なんと「ずんぐりしたソーセージ」のような形をしている。
このように、分子全体に広がるオービタルのことを分子オービタルと呼ぶ。これは電子が最も見られる確率が高い領域であり、分子構造の理解に重要な概念である。
豆知識②:ソーセージ形オービタルって?
これは分子内の電子密度が最も高くなる部分を表した形状で、量子力学的に導かれる。
電子の引力と原子核のバランス
二つの水素原子が近づくと、それぞれの正電荷(陽子)と負電荷(電子)の間に引力が働き、原子同士が引き寄せられる。このとき、二つの陽子間の反発力と電子との引力がつり合うことで、水素分子は力学的に安定した構造を保つ。
電子は両方の原子核に引き寄せられながらも、高速で移動しており、原子間を行き来することで結合を維持している。
このような状態を結合電子対と呼び、水素分子の電子構造を説明する上で欠かせない概念である。
図解で理解する水素分子の構造
下図では、水素分子の結合の様子を4つの視点から示している。
- (a):独立した水素原子二つ

- (b):原子オービタルが重なって共有電子対が形成された状態

- (c):電子の存在確率が高い領域(等電子密度曲線)

- (d):電子密度の断面分布(粒子の分布を可視化)

これらの図から、水素分子がどのようにして形成されるか、電子がどの領域で多く存在するかが視覚的に理解できる。
豆知識③:等電子密度とは?
これは電子の「いる確率」が一定の領域を線で囲ったもの。CTスキャンのように、見えない内部構造を可視化している。
分子オービタル理論による表現方法
水素分子の構造を記述する方法として有効なのが分子オービタル理論である。この理論では、二つの水素原子の原子オービタルが重なり合い、分子全体にわたる新しいオービタルが形成されると考える。
これは、二つの電子がこの新たなオービタル内で運動し、原子核同士を結びつけるという考え方である。分子オービタルは、単なる原子の組み合わせではなく、量子力学的な波としての電子の重なりによって生まれるものである。
豆知識④:分子オービタルは合成される?
そう、まさに二つの原子軌道が干渉し合って新しい形になる。数学的には波動関数の和と差で記述される。
まとめと今後の展開
本節では、分子オービタル理論をもとに水素分子の構造を詳細に説明した。水素原子と水素分子の違い、電子の運動、そして分子オービタルによる結合の理解は、化学における基本でありながら奥深い概念である。
なお、原子同士の結合の本質的な仕組みやより高度な表現方法については、触れていない。あくまで入門として、水素分子を題材に分子構造を読み解く視点を提示した。
最後の豆知識:なぜ水素から学ぶのか?
水素は宇宙で最も軽く最も豊富な元素。最もシンプルな構造でありながら、量子力学の本質を学ぶには最適の題材なのである。