
吸着された試料を移動させる役割を担う溶媒を展開溶媒(移動相)と呼ぶ。
一般に、極性の高い溶媒ほど溶出力が強い傾向を示すが、その順序は常に極性指標(Polarity Index)と一致するわけではない。
したがって、溶媒選択においては極性指標だけでなく実際の溶出挙動を考慮することが不可欠である。通常、展開溶媒は極性の低いものから用い、徐々に極性の高いものへ移行していく操作が一般的である。
主な溶媒の極性指標一覧
展開溶媒の極性を定量的に比較する指標として「Polarity Index(極性指標)」が広く用いられている。表1に示されるように、各溶媒はその極性に応じて明確な数値をもつ。
表1 主な溶媒のPolarity Index(極性指標)
溶媒 | Polarity Index | 溶媒 | Polarity Index |
---|---|---|---|
ヘキサン | 0.1 | 酢酸エチル | 4.4 |
トルエン | 2.4 | アセトン | 5.1 |
ジエチルエーテル | 2.8 | メタノール | 5.1 |
ジクロロメタン | 3.1 | アセトニトリル | 5.8 |
クロロホルム | 4.1 (2.7)*¹ | 水 | 10.2 |
※文献によっては異なる値が報告される場合がある。
この表から明らかなように、水が最も極性が高く、ヘキサンが最も低い。クロロホルムは報告値に揺れがあり、実験条件によって挙動が異なる点に留意する必要がある。
溶媒の溶出力の序列
展開溶媒の溶出力は必ずしも極性指標の大小だけで説明できないが、おおよその序列は以下のように示される。
ヘキサン < トルエン < クロロホルム、ジクロロメタン < ジエチルエーテル < 酢酸エチル < アセトン < アセトニトリル < エタノール < メタノール < 酢酸
このような順序に従い、分離対象物質に応じて段階的に溶媒を選択していくことが推奨される。
クロロホルムの注意点
市販のクロロホルムには安定剤としてエタノールが含まれていることが多く、そのため実際には表の値よりも極性が高くなる可能性がある。
特に分離挙動に影響を及ぼすため、使用時にはその点を考慮すべきである。
単一溶媒から混合溶媒への展開
単一溶媒では十分な分離が得られない場合、混合溶媒を用いる。混合比と溶出力の関係は単純比例にはならず、非線形的な変化を示す。
たとえば、ヘキサンに酢酸エチルを混合する場合、比率が90:10に達するまでは大きな変化が見られるが、それ以降は劇的な変化は観察されにくい。この挙動は図1に示される。
図1 混合溶媒の混合比と溶出力

この図より、混合比が90:10付近で中間的な溶出力が得られることに注目すべきである。
混合比の調整と実験的工夫
したがって、混合溶媒の調製においては、特に10%前後の比率まで細かく調整することが重要である。
それ以上の範囲では大きな変化が見られにくいため、溶媒選択の段階で大胆に条件を変更しても差し支えない。
この性質を理解しておくことは、薄層クロマトグラフィー(TLC)やカラムクロマトグラフィーの効率的な展開条件設定に直結する。