蛍光とりん光の違い:励起一重項・励起三重項からの発光メカニズム

1. はじめに

物質が光を吸収し、そのエネルギーを放出する現象として「蛍光」と「りん光」が知られている。これらの発光は、分子の励起状態から基底状態へ戻る過程で生じるが、電子スピンの状態によって異なるメカニズムを持つ。本記事では、励起一重項と励起三重項を基にした発光プロセスについて解説する。


2. 励起状態と電子スピン

2.1 一重項状態と三重項状態

分子が光を吸収すると、電子が基底状態から励起状態へ遷移する。このとき、電子スピンの状態により、励起一重項(S₁)または励起三重項(T₁)が形成される。

  • 励起一重項(S₁)
    すべての電子スピンが対になっており、基底状態と同じスピン多重度を持つ。
  • 励起三重項(T₁)
    二つの電子スピンが平行(スピンが揃う)状態であり、基底状態とは異なるスピン多重度を持つ。

3. 蛍光とりん光のメカニズム

3.1 蛍光(Fluorescence)

蛍光は、励起一重項状態(S₁)から基底状態(S₀)への直接遷移により発生する。
この遷移はスピンが変化しないため、「許容遷移」であり、高速(ナノ秒オーダー)で発光する。

特徴

  • 発光寿命:短い(ナノ秒オーダー)
  • 発光メカニズム:S₁ → S₀ への遷移
  • 遷移の種類:スピン許容遷移(高速)

3.2 りん光(Phosphorescence)

りん光は、励起三重項状態(T₁)から基底状態(S₀)への遷移による発光である。この遷移はスピンが変化する「禁制遷移」であるため、発光速度が遅く、ミリ秒~秒単位の寿命を持つ。

特徴

  • 発光寿命:長い(ミリ秒~秒)
  • 発光メカニズム:T₁ → S₀ への遷移
  • 遷移の種類:スピン禁制遷移(遅い)

4. 励起状態間の遷移

4.1 頭間交差(Intersystem Crossing, ISC)

励起一重項(S₁)から励起三重項(T₁)への遷移は、「頭間交差」と呼ばれる。この遷移は、スピン軌道相互作用によって引き起こされる。

  • 頭間交差が起こりやすい条件
    • 分子内に重原子(I、Br、Pt など)が存在する
    • 外部磁場による影響

4.2 遅延蛍光(Delayed Fluorescence)

一部の分子では、三重項状態(T₁)から再び一重項状態(S₁)に戻り、その後蛍光を発する現象が起こる。これを「遅延蛍光」と呼ぶ。


5. 吸収・発光スペクトルとストークスシフト

分子の吸収スペクトルには振動構造が現れる。励起状態の振動準位と基底状態の振動準位の差がスペクトルに反映される。

  • 吸収と発光の関係
    • 蛍光スペクトルは吸収スペクトルと相互に対応する。
    • りん光は一般に長波長側に現れる。
  • ストークスシフト
    • 吸収ピークと発光ピークの波長差を「ストークスシフト」と呼ぶ。
    • 基底状態と励起状態のエネルギー配置の違いが影響する。

6. まとめ

  • 蛍光は励起一重項(S₁)からの発光であり、スピン許容遷移のため速い。
  • りん光は励起三重項(T₁)からの発光であり、スピン禁制遷移のため遅い。
  • **頭間交差(ISC)**により、励起一重項状態から励起三重項状態へ遷移することで、りん光が発生する。
  • 吸収・発光スペクトルには振動構造が現れ、ストークスシフトが特徴的に観測される。

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