高スピン型錯体[Cr(H2O)6]2+の歪んだ八面体構造

はじめに

高スピン型錯体[Cr(H2O)6]2+は、中心金属であるクロム(Cr)が六つの水分子によって配位される八面体構造を持つ。

しかし、この構造は理想的な八面体から歪んでいることが知られている。本記事では、この歪みの原因を電子配置に基づいて詳細に説明する。

八面体錯体の基本構造

八面体錯体の定義

八面体錯体とは、中心金属イオンが六つの配位子によって取り囲まれた構造を指す。

配位子は金属イオンの周りに対称的に配置されるため、理想的な八面体構造をとる。

この構造は正八面体であり、すべての金属-配位子結合距離が等しくなる。

配位子場理論による説明

八面体錯体における中心金属のd軌道は、配位子の静電場の影響を受けてエネルギー的に分裂する。

この分裂は、配位子が八面体形に配置されることにより生じる静電場によるものである。

[Cr(H2O)6]2+の電子配置

クロムイオンの電子配置

クロムは原子番号24の元素であり、その電子配置は[Ar]3d5 4s1である。

したがって、クロム(II)イオンである[Cr(H2O)6]2+の場合、電子配置は[Ar]3d4となる。

高スピン状態と低スピン状態

高スピン状態と低スピン状態は、配位子場の強さによって異なる。

高スピン状態は、弱い配位子場において電子が可能な限りスピンを揃える配置をとる。対して、低スピン状態は強い配位子場において電子が対をなして配置される。

[Cr(H2O)6]2+は弱い配位子である水分子により形成されるため、高スピン状態をとる。したがって、3d軌道の電子配置は次のようになる

八面体構造の歪みの原因

ヤーン・テラー効果

ヤーン・テラー効果とは、不安定な電子配置を持つ錯体が幾何学的に歪むことで安定化する現象を指す。

特に、非対称に占有された高エネルギー軌道が存在する場合に顕著に現れる。

[Cr(H2O)6]2+のヤーン・テラー効果

[Cr(H2O)6]2+の電子配置は、t2g軌道に3個、eg軌道に1個の電子が配置されている。eg軌道は高エネルギーであり、非対称に占有されているためヤーン・テラー効果が発生する。

具体的には、dz2とdx2-y2軌道のエネルギーの差が生じることにより、構造が歪む。これにより、中心金属と配位子間の結合距離が変化し、八面体構造が歪む。

歪みの結果

ヤーン・テラー効果による歪みの結果、[Cr(H2O)6]2+の八面体構造は理想的な形状からずれ、特定の方向に結合距離が伸びたり縮んだりする。

この歪みにより、錯体全体のエネルギーが低下し、安定化する。

結論

[Cr(H2O)6]2+の八面体構造が歪む理由は、電子配置に基づくヤーン・テラー効果に起因する。

この効果により、非対称に占有された高エネルギー軌道が安定化しようとするため、構造が歪む。

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