スチレンのバルク重合では、ラジカルを生成して重合反応を開始するために、さまざまな開始剤が用いられる。主な開始剤として、過酸化ベンゾイル(BPO)と2,2-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)がある。
興味深いことに、これら二つの開始剤には、重合開始反応での効率に大きな違いが見られる。
具体的には、過酸化ベンゾイルを使用した場合はほぼ100%の効率である一方、2,2-アゾビスイソブチロニトリルの効率は50〜60%に低下する。本記事では、これらの開始剤の効率の違いが生じるメカニズムについて解説する。
1. 開始剤の分解メカニズム
1.1 過酸化ベンゾイル(BPO)の分解
過酸化ベンゾイル(BPO)は、加熱により容易に分解してラジカルを生成する。その際に生じる主なラジカルは「ベンゾイルオキシラジカル」である。このラジカルは次のように生成される:
C6H5CO-O-OCC6H5→2C6H5CO⋅
生成されたベンゾイルオキシラジカルは、スチレンモノマーと速やかに反応して開始反応に関与するため、分解と開始反応が高効率で進行する。さらに、BPOが分解してラジカルが生成されても、そのラジカル同士が再結合した場合、分解前と同じ分子構造に戻るため、見かけ上、分解が起きていないとみなせる。
このため、BPOの開始効率はほぼ1となる。
1.2 2,2-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)の分解
一方、2,2-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)は、ラジカル生成の際に炭素–窒素結合の解離が進行する。この反応では次のような反応が起こる:
(CH3)C(N=N)C(CH3)→2(CH3)C⋅+N2
この反応において、AIBNは窒素分子(N2)を脱離し、2つの炭素ラジカルが生成される。
この炭素ラジカルの再結合により、安定な化合物が生成されるため、この過程ではラジカルが無駄に消費され、開始反応に関与しない分が生じる。その結果、AIBNの開始効率は0.5〜0.6と低下する。
2. かご効果(Cage Effect)による失活
2.1 かご効果の概要
AIBNが分解して生成されるラジカルは、窒素分子が脱離した後も周囲のモノマー分子に取り囲まれた状態で生成される。この現象は「かご効果(Cage Effect)」として知られる。この効果により、生成したラジカルが周囲の分子に取り囲まれ、互いに再結合する確率が高くなる。
2.2 かご効果と開始効率の関係
ラジカルがかご効果により再結合すると、開始反応に必要なラジカルが減少し、重合反応への寄与が制限される。結果として、AIBNの開始効率が0.5〜0.6程度に留まる原因となる。
3. 過酸化ベンゾイルと2,2-アゾビスイソブチロニトリルの開始効率の違い
3.1 過酸化ベンゾイルの高効率の理由
過酸化ベンゾイルは、分解によって生成されるラジカルがモノマーと速やかに反応し、再結合が起こっても元の構造に戻るため、見かけ上、開始効率が高い。
3.2 2,2-アゾビスイソブチロニトリルの低効率の理由
一方、AIBNは分解時に窒素分子が脱離し、生成したラジカルが互いに再結合して安定な化合物が生じることから、実際に重合開始に利用できるラジカルが減少する。このため、開始効率が50〜60%程度に低下する。
4. 練習問題
問題1
過酸化ベンゾイルの分解で生成されるラジカルの名称とその特徴について述べよ。
解答と解説
生成されるラジカルは「ベンゾイルオキシラジカル」である。このラジカルはモノマーと速やかに反応するため、開始効率が高く、再結合しても元の分子構造に戻る性質を持つ。したがって、過酸化ベンゾイルの分解は見かけ上、高効率の反応として働く。
問題2
2,2-アゾビスイソブチロニトリルが開始効率0.5〜0.6である理由をかご効果の観点から説明せよ。
解答と解説
2,2-アゾビスイソブチロニトリルは、分解によりラジカルを生成すると同時に窒素分子を脱離する。このラジカルは周囲のモノマー分子に取り囲まれ(かご効果)、再結合することで安定な化合物が生成され、開始反応に関与しない。そのため、開始効率は0.5〜0.6程度に低下する。
問題3
スチレンのバルク重合において、過酸化ベンゾイルと2,2-アゾビスイソブチロニトリルのどちらを用いるべきか、効率の観点から考察せよ。
解答と解説
効率の観点からは、過酸化ベンゾイルを使用すべきである。過酸化ベンゾイルはラジカルの再結合による損失がなく、見かけ上の分解効率が1に近い。これにより、生成したラジカルがほぼ全て開始反応に寄与するため、効率的な重合が可能である。
まとめ
過酸化ベンゾイルと2,2-アゾビスイソブチロニトリルの開始効率の違いは、それぞれの分解時に生成されるラジカルの再結合性や分解メカニズムに由来する。
過酸化ベンゾイルは再結合しても構造が変わらないため、効率がほぼ1であるのに対し、AIBNは再結合によって安定な化合物が生成されやすく、さらにかご効果の影響も受けやすいため、効率が0.5〜0.6に留まる。