
ガラス転移現象の物理的背景
熱力学的視点から見たガラス転移
ガラス転移現象は、熱力学的な二次転移と捉えられることもあり、そのメカニズムに関してはこれまでにさまざまな観点からの説明がなされてきた。その中でも、現在広く採用されている理論の一つが自由体積理論(free volume theory)である。
この理論は、分子鎖を構成する個々の分子が移動するためには、ある程度の自由空間、すなわち自由体積の存在が不可欠であるという前提に基づいている。
液体状態における自由体積の意義
自由体積理論では、液体状態において高分子の体積中には分子が自由に運動できる体積が存在し、それが分子運動の活発さを左右する重要な要因であるとされる。
特に高分子鎖のセグメント運動にとっては、自由体積の増加が運動の自由度を高める契機となる。温度が上昇するにつれてこの自由体積も拡大し、それに伴って分子運動が促進される。
ガラス転移温度 Tg 付近での熱挙動
Tg を境界とした体積と分子運動の関係
しかし、温度がガラス転移温度 Tg よりも高い T>Tg 状態では、熱膨張が主要因となって自由体積が増加し続けるが、逆に T>Tg においては、温度がさらに低下するにつれ、分子鎖セグメントの運動は凍結される。
このため、T>Tg 領域では、セグメントの固有体積差(v−u) の温度変化(収縮)が系全体の体積変化を左右するようになり、比容の温度変化はもはや T>Tg よりも顕著とは言えなくなる。
Doolittle による粘度と自由体積の関係式
このような観点から、Doolittle は高分子鎖の摩擦係数 ξ0 と比容中に占める自由体積の割合 f=vf/v に次のような関係を見出した。

ここで、A,B は高分子の種類に依存する定数である。さらに、自由体積率 f を Tg を基準とした形で次のように定義する。

この式における Δα は転移前後の熱膨張係数の差を示し、高分子の種類にはほとんど依存しない経験的なパラメータである。
粘度と温度の対数関係の導出
数式の整理と意味
式を式に代入し、対数をとって整理すると、摩擦係数の対数は温度差 (T−Tg) に関する関数として次のように表される。

ここで c1 は比例定数であり、全体としてこの式は緩和挙動を記述する経験式と解釈される。高分子材料におけるこのような緩和挙動の理解は、ガラス転移温度付近での力学的特性や成形加工時の挙動を予測する上で極めて重要な指標となる。
自由体積率の実験値と標準値
実験的に確認された定数値
多くの無定形高分子物質における fg の標準的な値としては、次のような経験則が知られている。
fg≈0.025
この値は、実験値と定数との比較を通じて得られたものであり、高分子の種類による大きな変動が見られない安定したパラメータとされている。
まとめ:自由体積理論によるガラス転移の理解
自由体積理論は、高分子材料のガラス転移という複雑な現象を比較的単純なモデルに基づいて説明可能にする強力な理論枠組みである。
温度変化とともに変化する自由体積の挙動を粘度や摩擦係数の形で定式化することで、加工性や物性評価に必要な指標が得られる点が大きな利点である。
