[Ni(CN)4]2-と[NiCl4]2-の不対電子の違い:結晶場理論による解説

1. 序論

ニッケル(II)錯体である[Ni(CN)4]2-および[NiCl4]2-は、結晶場理論を用いるとその電子配置や磁気特性に大きな違いがあることが理解できる。

特に、不対電子の数に顕著な差異が見られる。ここでは、これらの錯体の電子配置について、結晶場理論を用いて詳細に説明する。

2. 結晶場理論の概要

結晶場理論(CFT: Crystal Field Theory)は、配位子が金属イオンのd軌道に与える影響を説明する理論である。

配位子の電場によってd軌道がどのように分裂し、電子がどのように配置されるかを理解するための基盤を提供する。

2.1 八面体型と四面体型配位子場

  • 八面体型配位子場:配位子が金属イオンの周囲に八面体形に配置される場合、d軌道は2つのeg軌道(dx2-y2、dz2)と3つのt2g軌道(dxy、dxz、dyz)に分裂する。
  • 四面体型配位子場:配位子が四面体形に配置される場合、逆にd軌道は3つのt2軌道(dxy、dxz、dyz)と2つのe軌道(dx2-y2、dz2)に分裂する。ここで、t2軌道がより高いエネルギーを持つ。

2.2 配位子の強さ

配位子の強さは配位子場分裂エネルギー(Δ)の大きさに影響を与える。

一般に、シアン化物(CN-)は強い配位子であり、クロリド(Cl-)は弱い配位子である。

3. [Ni(CN)4]2-の結晶場理論解析

3.1 配位形状と配位子場分裂

[Ni(CN)4]2-は平面四配位(D4h対称性)であり、シアン化物イオン(CN-)は強い配位子である。

これは大きな結晶場分裂を引き起こす。

3.2 d軌道の分裂と電子配置

Ni(II)イオンの電子配置はd^8である。強い配位子場により、d軌道は次のように分裂する:

  • dx2-y2軌道(高エネルギー)
  • dxy、dxz、dyz、dz2軌道(低エネルギー)

強い配位子場によって、エネルギー差(Δ)が大きくなるため、電子は低エネルギー軌道にペアを作って配置される。

その結果、[Ni(CN)4]2-は全ての電子がペアを作り、不対電子が存在しない。

4. [NiCl4]2-の結晶場理論解析

4.1 配位形状と配位子場分裂

[NiCl4]2-は四面体型配位(Td対称性)であり、クロリドイオン(Cl-)は弱い配位子である。これは小さな結晶場分裂を引き起こす。

4.2 d軌道の分裂と電子配置

四面体型配位子場では、d軌道は次のように分裂する:

  • t2軌道(dxy、dxz、dyz、より高エネルギー)
  • e軌道(dx2-y2、dz2、より低エネルギー)

弱い配位子場のため、配位子場分裂エネルギー(Δ)が小さい。そのため、電子はできるだけ互いに離れた軌道に入る。Ni(II)のd8配置は次のようになる:

  • e軌道に4つの電子(ペアを作る)
  • t2軌道に4つの電子

その結果、[NiCl4]2-は2つの不対電子を持つ。

5. 結論

結晶場理論を用いると、[Ni(CN)4]2-と[NiCl4]2-の不対電子の有無を理解することができる。

[Ni(CN)4]2-は強い配位子であるシアン化物によって大きな結晶場分裂が生じ、全ての電子がペアを作るため不対電子を持たない。

一方、[NiCl4]2-は弱い配位子であるクロリドによって小さな結晶場分裂が生じ、電子がペアを作らない軌道に配置されるため、2つの不対電子を持つ。

6. 練習問題

問題 1

結晶場理論において、配位子場分裂エネルギー(Δ)が大きい場合、電子はどのように配置されるか。

問題 2

四面体型配位子場におけるd軌道の分裂について説明せよ。

問題 3

[NiCl4]2-の結晶場理論解析において、不対電子の数を求めよ。

問題 4

[Ni(CN)4]2-の電子配置を図示せよ。

問題 5

強い配位子と弱い配位子の例を挙げ、それぞれが結晶場分裂に与える影響を説明せよ。

7. 解答と解説

解答 1

配位子場分裂エネルギー(Δ)が大きい場合、電子は低エネルギー軌道にペアを作って配置される。

解答 2

四面体型配位子場では、d軌道は3つの高エネルギーt2軌道(dxy、dxz、dyz)と2つの低エネルギーe軌道(dx2-y2、dz2)に分裂する。

解答 3

[NiCl4]2-のd8配置において、弱い配位子場による小さな分裂エネルギーのため、t2軌道に2つの不対電子が存在する。

解答 4

[Ni(CN)4]2-の電子配置:

  • 低エネルギー軌道(dxy、dxz、dyz、dz2)に電子がペアを作って配置され、全ての軌道が満たされる。

解答 5

  • 強い配位子:シアン化物(CN-)、アンモニア(NH3)など。これらは大きな結晶場分裂エネルギーを引き起こし、電子は低エネルギー軌道にペアを作って配置される。
  • 弱い配位子:クロリド(Cl-)、水(H2O)など。これらは小さな結晶場分裂エネルギーを引き起こし、電子はできるだけ互いに離れた軌道に配置される。

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